酒の味、人生の味

動画再生中に意識を失って居眠りしてしまい、目を覚ますと、どういう経過をたどったのか、いつの間にやら昔の某ジャンルの動画に飛んでいたらしく、

「本当の酒の味ってのがわかるようになるのは、人生を投げた後です…」

なんて心に染み入るイケボの名言が飛んできました。仕事とか、理想とか、他にもっと心地よく酔えるものをお持ちの御方は、酒なんてくだらないものは飲まねえんだそうです。出典はリアルタイムで抑え、極めて高く評価していた私ですが、当時、この部分はあまり心に深く残っていませんでした。

 私は、子どものころから

「酒飲みが好きなものは全部好きな子だ」

と周囲の大人たちから心配されながら、実際には酒の味がいまだに分からないのですが、これはつまり、私はまだ人生を投げてはいないということなのでしょうか。

報いの時

津山が大変なことになった先日の最強寒波は、岡山市内にはそこまで打撃を与えたような気はしなかったのですが、やはり強力なものだったようです。最強寒波到来の時期から、半年以上にわたってうちの庭に居座っていた悪猫プーの姿が見えなくなってしまいました。寒さに耐えられず、星になったのでしょうか。これまで様々な悪事を働いてきた悪猫も、ついに北条義時と同じく、自らの罪への報いを受けたようです。なお、車の下に隠れた黒猫に平穏にご退去いただこうとした優しい私にかみついた罪は、もしかするとプー以外の黒猫によるものだったのではないかという疑惑もあったのですが、ここで天誅を受けたということは、やはり犯猫はプーだったのでしょう。

そんなわけで、プーはとんでもない奴でしたが、次に生まれ変わるときには、可愛い柴犬に生まれ変われるといいね。・・・と思ったのですが、下等生物の分際で悪さばかりを繰り返してきたのでは、無理でしょう。ごんぎつねは迷惑をかけた兵十にうなぎや木の実をささげてきたのに、迷惑をかけられた私は奴から何もささげられませんでした。イヌ科のキツネと猫では、知能も気品も比べるべくもありません。

しかし、プーが見えなくなったと思ったら、数日もおかずに薄汚れたポインテッドの新猫が現れました。・・・下等生物どもめ、いい加減にしろ。

というわけで、今度は臭猫クサイと名前を付けて、現在庭の周辺をうろうろしているチカン、プースカとともに日々動向を監視しています。しかし、チカンの変な鳴き声がうるさい。

どうする家康・蛆真死ね

本日の感想。今川氏真、否、忌魔川蛆真に最も残酷な死と滅びを!!以上!

フラレタリアートの社会学

今日は、日常的にはあまり関わることのない、たぶん同世代の女性弁護士と、どうしたことか同席する機会があったため、ご機嫌を取るべく?フラレタリアートについてネタを振ってみたのですが、なぜか彼女は「フラレタリアート」概念、ついでに「笑六法」のことも、ちゃんと知っていました。もしかして、「フラレタリアート」「笑六法」とは、少なくとも私と世代が近い岡山の弁護士どもが編集する辞書には、普通に掲載される単語なのでしょうか。

ただ、「フラレタリアート」という概念を真剣に考えてみると、当事者の自由意思を必ずしも重視しない村落的共同体による伝統的調整(ルビ・おみあい)システムが、個人の自由を重視する戦後的価値観の一般化によって崩壊した結果、その後に台頭した恋愛新自由主義社会に対応し、自由な行動によってさらに大きな結果を独占的に享受しえた上級国民(フルジョワジー)と、(個人レベルでは必ずしも望んでいたかどうか分からない)自由の代償として、ささやかな結果どころかその可能性にすらアクセスできなくなってしまった下級国民(フラレタリアート)という、極めて深刻な社会的・階級的分断を生み出し、さらに弱者たる下級国民間に、分断を生み出した上級国民、自らを認めない異性、さらには社会全体に対する敵意に燃える「憤怒派」、自らの不遇を他者への敵意ではなく自らないし社会への絶望へと転化した「絶望派」といったさらなる分裂を生み出している・・・という意味において、なんだかそれっぽい現代社会観を構築できたつもりになれる便利なツールのような気がしなくもありません。

なんだか、私には社会学の素養があったような気がしてきました。もしかして、私は進むべき進路を間違えてしまったのでしょうか。

冷戦終結後、世界は平和だった

最近ドイツのレオパルト2とかアメリカのM1エイブラムズとかの主力戦車の名前がマスコミをにぎわせています。

しかし、90年代から「大戦略」シリーズをプレイしていたら、実はここ二十数年間、世界の兵器産業は、少なくともハード面においてはあまり進化していなかったことが理解できてしまいます。90年代の主力兵器が、いまだに最新鋭扱いという現象は、ここ二十数年間に新たに出てきた主力兵器があるのであればありえないことですから。

どうする家康・戦国三大愚人の父

もう出てこないと思っていた今川義元が、家康の夢に出てきました。ああ、これで本当に終わりかなあ・・・

ところで、野村萬斎さんの大河ドラマ出演は、「花の乱」の細川勝元に続いて2度目ですが、彼が演じた2人はいずれも「戦国三大愚人」の父であるという共通項があります。 果たして潜在的におろかな遺伝子があるのか、それとも教育能力ゼロなのか。まあ、父を幼くして亡くしながらも実質的天下人まで登りつめ、「半将軍」とまで呼ばれた細川政元を「愚人」としてあと2人とひとくくりにするのは納得できないのですが。せっかくだったら大内義隆の父である大内義興も演じていただき、「戦国三大愚人の父」完全制覇を果たしていただきたいものです。・・・でも、大内義興・義隆が出てくる大河ドラマって何があるんだろう。「毛利元就」はもうやってしまったし(ちなみに大内義興役は細川俊之さん)。

今回印象的だったのは、家康の母親である於大の方=松嶋菜々子さんでした。伝統的に於大の方はお家の事情で夫、そして家康と問答無用で引き離され、成人した家康との感動の再会に涙するか弱く優しい女性という描かれ方が多いイメージだったのですが、松嶋於大の方は、積極的に家康の離反を促し、今川の人質になっている妻子を犠牲にすることを慮る家康をむしろ煽る役で、なんか役者さんのイメージにピッタリですw松嶋さんは、映画版「犬神家の一族」(2006年版)でヒロインである野々宮珠世嬢を演じたのですが、正直、松嶋さんは少し珠世嬢役には強すぎました。珠世役が似合うとしたら、今なら有村架純さんとか(以下ry)朝の連ドラでの司法修習生役で出世した松嶋さんの評価が低いように感じるかもしれませんが、彼女の評価が低いのではなく、イメージが強いだけなのです。そんな松嶋さんには、いずれぜひ犬神松子役を演じていただきたいものです。

とはいえ、母に煽られた結果、家康が今川を裏切ってしまったことで、駿府にいた家康の妻子の立場は最悪まで落ち込み、彼らに仕えていた三河衆の妻たちは、無残に殺されてしまいました。今川からの離反を煽った家康の家臣たちが、容易に予想可能なその未来をどう考えていたのかは描写がなく、とても残念です。ちなみに、ドラマで描かれるかどうかは知りませんが、築山殿の父親は、家康の裏切りの責任を取らされて殺されているので、築山殿、まして信康が殺されなかったのは奇跡レベルだったような気がします。だから、そんな環境の中でゆがんでいく築山殿役にこんな可憐な女優さんを起用するなんて、人の心(以下ry)

というわけで、「どうする家康」では、松潤なんざほっといて、有村架純さんを応援することにしました。

スケキヨクルー!

『犬神家の一族』を吉岡秀隆×大竹しのぶでNHKドラマ化 演出は『鎌倉殿の13人』の吉田照幸 | TV LIFE web

NHKの吉岡秀隆版金田一耕助シリーズが復活します。 以前、「獄門島」(推定事件発生地=笠岡市)が、新憲法公布前の段階ですでに男女平等の島だったという、割と衝撃的な真実を私が発見した(男女平等の島疑惑 – 笑六法 (aozora-law.info))際には、これと対になる封建制ど真ん中のストーリーとして紹介した「犬神家の一族」です。一般的な横溝正史、金田一もののイメージとしては、むしろこちらが王道か?

ちなみに、前回「八つ墓村」のラストでは、次回作として「悪魔の手毬唄」(推定事件発生地=美作市かその周辺部)がにおわせられていたはずですが、まさかのフジの加藤シゲアキ版とのバッティングで方向転換したのでしょう。主役の格ではNHK版の圧勝なれど、磯川警部=古谷一行のキャスティングは卑怯すぎた・・・あと、斉藤由貴も。

「犬神家の一族」も金田一作品の代表的作品で、「物語開始時にすでに亡くなっているクソジジイの大いなる意思(注・真犯人とは限らない) に支配された惨劇」という、金田一作品の成功の方程式には最も忠実な作品のひとつかもしれません。もっとも、基本的に東京でなければなぜか岡山で活躍する金田一耕助なのに、この作品の舞台は長野なので、私の聖地巡礼的にはいまいちです。犬神家の設定は倉敷の某名家とそんなに変わりないし、スケキヨの池のモデルはたぶん真備の弁天様の大池なんだから、真備を舞台に魔改造しろ!まあ、ここでは奇跡的に横溝先生の魔手を逃れた某名家が、まさか2010年代の某ノベルゲームであんな目にあうなんて、夢にも思わなかったわけですが。

・・・などとどうでもいいことを言いつつ、この作品は、法律屋的にはツッコミどころ満載な楽しみが多かったりします。亡くなった方の遺言を持ってきた依頼者から、懸命に胸の高鳴りを抑えている様子で

「四十九日とかに、関係者全員を集めて先生が開封して読み上げるんですか?」

と聞かれたことがあるのは、きっと私だけではないはずです。 え?裁判官が裁判所で開く?封はされていなくても問題ない?「検認」ってなんですか?

そして、あの事件は昭和24年ころに起こったと推定されているのですが、犬神家に新民法の、それも学部生レベルの基本知識を知っている人が1人でもいれば、あんな血みどろの連続殺人事件なんか起こらなかったはずです。代わりに、犬神佐兵衛翁の遺言の効力が激しく争われ、「条件付き遺言の有効性」という興味深い論点についての最高裁判例が示されていたに違いありません。

恐るべき新世代

刑務所での待機中に、数年前に一時「数年後のフラレタリアート委員会の双璧」(注・「双壁」ではありません)となることを期待されていたのに、いつの間にやら脱北を果たしてしまった先生に久しぶりに遭遇してしまいました。

「『離れてみて初めて偉大なる将軍様の聖恩を理解しました!今こそ自ら復帰を志願し、我が身をささげます!』と言えば、フラセタリアート先生も置き去りにされた同期の先生もきっと喜んで許してくれますぞ。さあ、今こそ正道へ立ち返るご決断を!」

と促したのですが、まずはツンデレのツンを演出したかったのでしょう、

「自分の復帰など、誰ひとり望んではいません!」

などと、ツッコミ待ちとしか思えない意地を張ります。

「いやいや、私が望んでいる時点で『誰ひとり』は成立しておりません!さあ、ご決断を!それとも私めがフラセタリアート先生への伝令を務めましょうか?」

と迫りながら、

「さては私のことを『ひとり』扱いしていないのだろうか?」

と疑念を抱いていたところに、旧サニーランド先生が登場されました。これは一興、旧サニーランド先生とともに脱北先生の帰国事業を本格化させようとしたのですが・・・話の結論は、なぜか「全 部 旧 サ ニ ー ラ ン ド 先 生 の せ い」という結論に至っていました。。。

「3年ほにゃらか制度」を悪用して脱北を果たしただけでなく、いいおもちゃを見つけたモードの私と旧サニーランド先生を相手にしながら、まるで自分に課せられたかなめ石の役割を草太に移してしまった悪猫ダイジンのように、いつの間にかおもちゃ役を旧サニーランド先生に移して虎口を脱してしまった彼のおそるべき手腕を目の当たりにした私は、彼の将来性を再認識させられるのでした。

架空の岡山w

週刊モーニングで打ち切り的エンド→月9枠ドラマ化で令和最高視聴率→映画化という華麗な転身を遂げた「イチケイのカラス」ですが、映画版の舞台は「架空の岡山」という設定だそうです。

映画『イチケイのカラス』公式サイト (ichikei-movie.jp)

舞台は「岡山県瀬戸内」(瀬戸内「市」ではない模様)で、イージス艦の衝突事故とかも起こる模様。さて、どの地域なのか。竹野内豊が合議の裁判長ということは、合議部がない倉敷支部、津山支部、新見支部管内は除外でき、岡山地裁本庁管轄でかつ海に面している、という特徴から絞っていくと、舞台は岡山市、玉野市、瀬戸内市、備前市に絞られます。・・・まあ、ロケ地は岡山ではなさそうですが。。。(爆)

そして、他職経験で弁護士転身中の黒木華が岡山県内の事務所に派遣されていて、人権派・斎藤工と一緒に仕事をするということは、岡山弁護士会にはこの2人がいるはずなのですが、まだ会ったことがありません。果たしてこの2人はどこに隠れているのでしょうか。

動員兵はいなかったのか

西暦と月日の概念が同じであれば、1月16日はマル・アデッタ星域会戦開戦の日であることに気が付きました。

ちなみに、定期的に銀英伝世界の登場人物と年齢を比較して鬱になってきた歴史を持つ同盟派(同盟なら生きていけるかどうかは分からないけれど、帝国ではほぼ間違いなく生きていけない)の私ですが、

「民主主義に、乾杯」

と言って散るパン屋の二代目よりかなり年上だと気付いて、もっと鬱になりました。マル・アデッタ星域会戦についていく資格は与えられていますが、まったくうれしくはありません。・・・主人公サイドだからあまり叩かれないけれど、勝算ゼロの戦いに連れていかれた雑兵たちって、どうだったんだろうか。