失われし伝統?

本日は岡山弁護士会の定期総会でした。岡山市民会館での開催で、ネット参加者の賛否の際の議場閉鎖のあり方には課題を残したものの、とりあえず無事に終わったことはよしとするべきでしょう。

それにしても、最近、副会長に対する辛辣で抉るような厳しい質問や討論を見られないのが残念でなりません。もっと強い中堅会員を養成するために、7年前と同じ水準のアレの再現をお願いします。

駄目すぎる母校愛

NHKの朝ドラで「紺碧の空」が話題になっているとのことです。学生時代には神宮球場を一つの根城とし、まさかの対東大戦の敗北を目の当たりにしたり、早稲田の試合はもちろん、他大学の試合にも手練手管を使って学生席に潜り込み、流石に今はかなり忘れたものの、慶應義塾はもちろん明法立東の校歌や第一応援歌まで歌えるようになったり、「東京六大学ちあが~るず研究会」などと自称しながら「どの大学のチアガールが一番可愛いか」の調査に血道を上げていたりといった有意義なる学生生活を送っていた身としては、感無量と言わなければなりません。

ある被害者のつぶやき

先週のある日、エレベーターの中で、さる大御所+その方と同じ事務所の方と遭遇したのですが、唐突に大御所から

「(笑六法)先生、最近やせられましたか?」

と聞かれました。とっさに

「残念ながらそれは異端説で、右肩上がりの成長を続けているというのがもっぱらの通説のようです。個人的にはリーマンショックかコロナショックの直撃を希望しているのですが」

と切り返しておいたのですが、ネットジャーナリストとしてのざわざわした予感にビリビリきます。そして、エレベーターを降りた後に気がついたのが、

「これが、世の人が言う『 せ く は ら 』と い う も の なんじゃね?(・▽・)」

ということでした。私は、ついに音に聞く せ く は ら の被害に遭ってしまったのではないでしょうか?

ただ、ここで一度慎重になり、とりあえず登場人物を入れ替えて脳内で再現してみることにしました。大御所のところを私に、私のところを、大御所から見た私と同じくらいの期と年齢の女性会員にあてはめて、私が女性会員に体重ネタを聞いてみる光景を想像してみます。

・・・一発アウトのような気がします。

さらに慎重に検討し、女性会員が風紀委員会に訴え出たため、名だたる風紀委員たちによる鶴翼の陣と対峙し、私が被告人席に立たされている光景を想定します。

・・・弁 解 で き な い 。

風紀委員たちが口々に

「有 罪 !」

と叫ぶ中、ある副会長様から光輝委員会送りを言い渡される予感しかありません(注・実際の手続きとは、たぶんかなり異なります)。

しかし、さらには念を入れ、その後、近くにいたジェーン・ドゥ先生と弟子3号に

「さっき、かくかくしかじかのことがあったんだけど、これってセクハラになりますかね?」

と聞いてみたところ、3号は

「あたると思います」

と即答しました。明らかに目を輝かせる私に対し、ジェーン・ドゥ先生は

「ちょっと待ってください、その回答をどのように使われるのかによって答えは変わります。この場で終わりなら『あたる』でいいんですけど」

と、事情によって忖度する気満々だったようです。3号がいなければ、

「・・・君のような勘のいい○○は嫌いだよ」

という某分野で有名な台詞をリアルで使うチャンスだったのですが、3号氏は、そんなジェーン・ドゥ先生の模範的保身解答を聞いているのかいないのか、

「受けたばかりのセクハラガイドラインで、セクハラにあたるとありました」

とさらに追い討ち。…有罪確定キタ━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!

というわけで、どうやら私は せ く は ら 被 害 を受けてしまったことに確定したようです!

リアル社会では、国会で自分自身が騒動になっている最中に平然と呉越を集めて賭けマージャンを嗜むほど図太い某守護神が、文春砲一発で轟沈するという光景が展開されました。大御所を実名で告発する度胸はない+私の報道によって何かが起こるかというと、何も起こらないという二点において、残念ながら私の力は文春砲に大きく及ばないのですが、自分だけが真実を知っているというマージャン記者の愉悦は、ほんの少し味わえたような気がします。

情報を制する者は天下を制する。

事務所の付近で火事があったらしく、消防車や警察のパトカーが集まってきていました。

どこが燃えているのか気になって見に行ったところ、現場に隣接するところないしそれに準じる弁護士がいるのはまあ当然として、その中に混じってわざわざ横断歩道を渡ってまで見物に行っていたのが、辣腕官房長官でした。

官僚たちの人事と情報を一手に統制していたとされていた本家の方は、辣腕すぎて権力から遠ざけられているという報道があり、その頃から一気に某内閣の政権運営が不安定になっているわけですが、情報の重要さを理解し、日ごろから収集に努めている人材というものは、どこに置いても恐ろしいもので、まして人事権などを与えた日には恐ろしいことになるのです。

辣腕官房長官もいつの日にか、このようにして集めた情報を、今後手に入れる人事権と組み合わせて活用することで、私のような小役人気質の人々を恐怖によって統制し、支配するようになるのかもしれません。くわばらくわばら。。。

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新しいぬるを捕獲。

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おたまじゃくしのお祖父ちゃん・・・ではありません。

オグリキャップと大学者

先日の内田民法のハイセイコーネタに対し、こんなタレこみが。

「事務所の内田民法を見てみたら、その版では錯誤の例えがオグリキャップになっていました!」

( д )  ゚ ゚

版ごとにハイセイコー→オグリキャップ→ディープインパクトと馬をいちいち変えている内田先生。しかし、それでも錯誤の設例は、一貫してサラブレッドの仔馬なのです!どんだけ競馬好きなんですか!学生時代、基本書としてはかなり異端と思われる近江本で民法を独学した私ですが、内田本を使わなかったことに心底後悔しました!

それに、価値がある馬の象徴として「オグリキャップの子」というのは、ハイセイコー以上にずれていて素敵です。オグリキャップというと、確かに一定の世代以上であれば、競馬に関心がない層でも名前をどこかで聞いたことがあるであろう、日本競馬における名馬の中の名馬です。血統が非常に重んじられる競馬の世界で、まったくもって目立つ血統ではなく、中央競馬ではなく地方、それも笠松競馬という小さな競馬場でデビューしたオグリキャップですが、走ってみると連戦連勝、やがて中央競馬への移籍が認められ、競馬界のルール(という名の差別)によって、クラシックレースと呼ばれる最も注目される大レースには登録できない憂き目を見ながらもとにかく勝ちまくることで様々な方面から注目と共感を集めました。

1世代上の最強馬「白い稲妻」タマモクロスとの死闘、そしてタマモクロス引退後に宿敵スーパークリーク、イナリワンと繰り広げた「平成三強」時代、さらにはオーナーにも恵まれず、賞金目あてで近代競馬では聞いたことがない「G1競争(最も格付けの高いレース)への2週間連続出走」を強いられ、それでも1週間目は優勝、2週間目は世界レコードの2着」とか、ライバルが次々引退した最後の秋、惨敗を繰り返して

「オグリは終わった」

と言われる中での最後のレース有馬記念での復活Vとか、まあ書き出すと止まらなくなる物語性の塊のような名馬で、通算32戦22勝、有馬記念2回を含めてGlを4勝し、獲得賞金も9億円を超えたお馬さんなのですが、彼の特徴は、そのドラマ性を様々なニュース番組やドキュメントとかに取り上げられることで競馬ファン以外の一般層にも知られるようになりました。

・・・でも、このお馬さん、種牡馬としては、壮絶に失敗しています。

競馬の世界における種牡馬に対する支配的な価値観は、「育ちより氏」です。「氏より育ち」ではありません。三流血統の名馬より、一流血統の駄馬が尊ばれるのです。「三流血統なのに強い」ことが人気の源泉だったオグリキャップと、相性がいいはずがありません。。。

ハイセイコーは、種牡馬生活の中でベスト10入りが1度だけと書きました。1979年の日本ダービーと1981年の天皇賞・春を制したカツラノハイセイコ、1990年皐月賞馬ハクタイセイといった一流馬を種牡馬としても輩出しているハイセイコーと違い、種牡馬オグリキャップの子はとにかく走らず、種牡馬生活の中で、ランキングはベスト10どころかベスト100にも入ることはありませんでした。。・゚・(ノД`)・゚・。

そんなオグリキャップを、高馬の象徴として教科書に載せてしまう内田先生、貴方こそ真の漢です!

血統がよくなく、地方競馬でデビューした後に成り上がっていったという共通項を持つハイセイコー、オグリキャップという流れは、競馬ファンのひとつの方向性として一貫したものです。種牡馬オグリキャップだって、最初から全く期待されていなかったわけではありません。競走馬としては奇跡を何度も起こしてきた名馬だけに、種牡馬としても奇跡を起こしてくれる・・・そんな期待は、確かにありました。残念ながら厳しい現実に負けた形となる種牡馬オグリキャップですが、内田民法の世界では、オグリキャップは子どもが片っ端から高く売れる大種牡馬として君臨していたのです。内田先生の競馬への思い入れ、愛情、そして業は、どれほどに深いのでしょうか・・・?

学生時代、数人の共犯者とともに「馬法(マホウ)学研究会」を名乗っていた程度には競馬を愛している笑六法は、内田貴先生を心の底から敬い、崇めています。

幸せな人々

私の6代目修習生である玉子さんから、久しぶりにメールが来ました。先週初めての当番が回ってきたところ、いきなり責任能力ものを引いたとのこと。さすがは嵐を呼ぶ女!と言わざるを得ません。

ちなみに、時を同じくして当事務所の弟子3号に舞い込んだ最初の被疑者国選事件は、片道たかだか1時間半ほどかかる警察署からでした。

私と関わった72期の人々の刑事の引きはなかなかのものですが、若いうちにこの分野で苦労するのは、たぶんいいことです。その意味で、彼女も彼も「星」に恵まれているのです。間違っても、「私と関わるとこうなる」というわけではない・・・はず。。。

真なる忠誠の証

5月下旬には毎年弁護士会の総会が招集されるのですが、数年前に平日開催になってから出席の楽しみだった寿司が出なくなったうえ、興味をそそられる議題があるわけでもないことから、出欠を返すことすらせず放置していたところ、ある副会長様からお電話があって出席のお願いをされたため、しっぽを振って出席の返事をしました。こういう時に、4人の副会長のうち誰から連絡があるかというのは、実に大切なことです。

もっとも、今回の総会は、一般的会員にとっては、寿司、議題に加えて「コロナに感染したくない」、「遠くてめんどくさい」という四重苦らしく、例年以上に出席者数が少ないだろうというのが一般的な見方のようで、

「返事を返さないままほっとけば、いずれ執行部から出席のお願いが来るであろうこと、そして笑六法にお願いするとしたらどのようなルートになるのかは、火を見るより明らかである。しかし、多忙なある副会長様に無駄な手間を増やすのが真の忠誠なのか?笑六法に真実の忠誠があるのであれば、己の欲望のみによって、ある副会長様の手間を無駄に増やすのが適切なのであろうか?」

という指摘を受けました。どうせ同じ結論になるのなら、ある副会長様のお手を煩わせるな・・・という理屈のようです。

なるほど、一見するともっともらしい見解に見えます。そのような形での忠誠の示し方は、私の人生においても、過去ではむしろ主流的な手法でした。

しかし、そんな私の過去を振り返ってみて、真実の忠誠を誰にもアピールしない形で一生懸命示したことで、報われたことがあったでしょうか?いや、ない。

「コミュ力」とやらがやたら重視され、それ以外の長所を評価する物差しが失われた時代の中では、誠の心を行動のみで示しても、「見せ方」が伴わなければ、存在しないものと同様に扱われてしまうということに、私は気づいてしまったのかもしれません。嗚呼、悲しからずや。

というわけで、私は真実の忠誠を表現するにあたり、その「見せ方」も含めてお示しすることで、決して真実の忠誠を見落とさないよう諫言申し上げているのです。私にある副会長様への真実の忠誠がないという見解に対しては、強く否定し、抗議しておきます。

ナマズ天国

夜、川の中から不審な音がするのでのぞいてみたところ、そこにいたのは複数のナマズたちでした。

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どうやら産卵の現場だったようで、とてもみにくいですが写真の中心あたりにいるのがたぶんメスです。産卵中でもなければ、こんなに近づけることはありません。1匹のメスは1回の産卵で万単位の卵を産むそうなので、数日後にはこのあたりが子ナマズで溢れかえるのでしょうか?素晴らしい。。。

最近、美作市に「鯰」という地名があることを知りました。読みもそのまんま、「ナマズ」。「岡山県美作市ナマズ〇番地」なんて地番、胸のときめき以外の何物でもありません。加えて、昔は小規模なお城もあったらしく、その名も「鯰城」だったとか。地名の由来は「鯰がたくさん取れるから」。うおおおお。。。

なんだか最近、ナマズ愛が止まらなくなっています。

検事たちの夏

次期検事総長問題を見ていてなんとなく既視感がある騒動だと思っていたところ、城山三郎の「官僚たちの夏」と、そのモデルになった通産省次官人事だと思い至りました。

「官僚たちの夏」の中には、日本の国益のためにがむしゃらに突き進み、「ミスター通産省」と呼ばれた主人公が、あまりに歯に衣着せぬ言動や態度を池田勇人や三木武夫ら政治家たちに傲岸不遜と受け止められ、政治の介入によって、政策面で主人公と対立する一方で政治家たちとは良好な関係を築いていたライバルに通産省事務次官の地位をさらわれるというお話があったはずです。このモデルになった次官人事は1963年なので、もう57年も昔のお話になります。

「官僚たちの夏」の主人公は定年までまだ間があったため、結局2年遅れて事務次官になるところは、両当事者とも検事総長になれなかったら定年退職という今回と構図が違うのですが、歴史というものは思いのほか頻繁に繰り返すものなのかもしれません。時代や組織は少々違っても、それを動かすのが人間である以上、生じる現象もまた似通ってくるのでしょうか。