智将・ドラコルル長官

今春のドラえもん映画は、「宇宙小戦争」リメイクだと気がつきました。「宇宙小戦争」といえば、ドラえもん映画史上有数の有能な敵・ドラコルル長官のことが忘れられません。

・ドラえもんたちがスモールライトで小さくなった状況で、スモールライトを発見して持ち去ることによって、圧倒的に巨大な敵(=ドラえもんたち)の優位を消し去る

・宇宙空間からの謎の落下物をドラえもん一行の侵入と見抜き、ラジコン戦車を押収して弱点をアンテナと解析する

・ドラえもん一行の侵入に気づき、かつ発信機でその居場所をほぼ特定していながら、まだアジトを突き止めていなかったレジスタンスとの接触を待ち、一網打尽にする

・敗因は、ドラコルルには知りえなかったスモールライトの有効期間切れ

私は、敵を泳がせる」という概念をドラコルル長官から学んだと言っても過言ではありません。彼の最大の失敗は、上司にギルモア将軍を仰いでしまった、ただその一点だけでした(彼が選んだのかどうかは不明ですが)。ギルモア将軍ごときの部下にしておくには、あまりにも惜しい逸材でした。

孫の孫の叛乱

突如浮上したご先祖様軍事大国説について、珍しく同業者ではない読者から、

「明治維新がもう少し遅れていたら、藩内の矛盾と責任のすべてを押し付けられて、悲惨な最期を遂げていたのではないか」

という指摘を受けました。なるほど、激動の幕末期に西洋砲術の導入を含めた軍制改革を断行した藩は(岡山藩を含めて)それなりにあり、その改革を旧弊にとらわれない禄高の低い英才に任せた例も珍しくはないのですが、それらの中心人物には、まさに藩内の様々な矛盾と責任を押し付けられてろくでもない最期を遂げた人も少なくありません。難波三郎右衛門公が河井継之助とか神保修理とかの列に並べられて有名になっていた場合、私はこの世に存在していない可能性が…。。。

しかし、顔も見たことがないご先祖様ですが、このような悲劇の主人公は似合わない気がします。というのも、このご先祖様には絵心があり、参勤交代で江戸に行った旅の出来事を絵日記?に残しているのですが、その際によほど楽しかったのか、こんな絵を描いていました。。。


・・・ご先祖様、楽しみすぎです!これでは河井継之助にも神保修理にもなれません! (注・なってはいけません)


ちなみに、当時の当主にとって私は「孫の孫」にあたるため、まさにのび太とセワシの関係になります。三郎右衛門公も、まさか孫の孫にこの絵日記を公開されるとは、夢にも思っていなかったことでしょう。

「どうせなら、猫型絡繰人形を連れてくるべし!」

と文句を言われても仕方ありません。でも、孫の孫も美人に弱いのは、たぶんあなたのせいです。

お前らの目はほら穴か!

【アナザーガンダム】人気ランキングTOP3! 「新機動戦記ガンダムW」「機動戦士ガンダムSEED」を抑えて1位になったのは?【投票結果】(ねとらぼ) – Yahoo!ニュース

富野由悠季監督が手掛けていない「アナザーガンダム」の人気投票結果に、つい激怒してしまいました。大学受験の前日にホテルでテレビを付けたところたまたま放映していて魅入られてしまった変態忍者の壮絶な最期(このシーンのために後のスネ夫主人公役の声優が喉を潰して声が変わってしまったことは、割と有名)をはじめとする唯一無二の大傑作「機動武闘伝Gガンダム」が、デス種にすら劣る7位だなどと、ありえなさすぎます。

もともと「ガノタ」と言われる人種とは実は相性が良くない私だけに、この結果を見ると、彼らの見る目が節穴を通り越してほら穴であると表現せざるを得ません。Gガンに入れなかった者どもは、

「だからお前はアホなのだぁ!!!」

という師匠の魂の鉄拳を小一時間浴び続けるべきです。

というわけで、私はこのような投票結果の受け入れなど断固拒否し、武器を持って議事堂に侵入したい気分になっています。

配属先の第一印象

「リーガルエッグ弁護編」スタートをきっかけに、自分の弁護修習の際の配属発表はどうだったっけ・・・と思い出してみました。約20年前に、岡山より若干小さい某地方都市で修習した私の場合、検察修習の終了直前に、他の修習生7人の指導担当の名前・顔写真とともに告知されたような気がします。

私の指導担当弁護士にとって、私は初代修習生だったとのことで、前情報はほとんどありませんでしたが、実によい3か月間を過ごさせていただきました。私のところに来た修習生について、自分が希望し、かつ私と行動を共にする限り、昼食代がタダになるのは、私の徳・・・というよりは、私に徳を施してくれたその先生のおかげです。女性修習生だけの特権というわけでは、断じてありません。

その時、私ではないある修習生の指導担当は、先代だったか先々代だったかの修習生(任検)と非常に相性が悪く、「後半は一言も口を利かなかったらしい」という噂付きだったため、すごく(((((;T△T)))))となっていました。結果的には特に問題なかったようですが。

果たして岡山の修習生は、配属先をどのように知るのでしょうか。そして、過去に私の下へと配属されてしまった修習生たちは、どのような「噂」付きでうちに来たのでしょうか。多分知らない方がいい情報なのに、気になり始めてしまいました。

ちなみに、私に対する検察バイアスといえば、10年ちょっと前の裁判員裁判開始前の模擬裁判で、連戦連敗だった弁護士会が統合失調症で責任能力を争うべき被告人役として私を選任したことを知った指導担当検察官が、修習生に対して

「-弁護士会が、ついに本気になった」

とつぶやいたことくらいしか情報がありません。

森一郎事件① – 笑六法 (aozora-law.info)

敵キャラが、自分との戦場にある人物が投入された情報を知ってこの言葉をつぶやいた・・・と考えれば、描き方によっては凄くかっこいい見せ場になりそうなシチュエーション(と、私のカッコいい描写)になるはずなのですが、残念さしか感じられないのはなぜなんだろう。まあ、どうであれ、彼らによる私の第一印象は、ろくなものではなさそうです。。。

「リーガルエッグ」弁護編

イブニングの「リーガルエッグ」は弁護編に突入。・・・といっても、私は検察編の最終回を読み逃しているため、すごく消化不良なのですが。検察修習の次に弁護修習が来るというのは、ちゃんと分かっている証です(まあ、司法修習を受けた原作者なら当然ですが)。

検察編の佐藤検事は40000%イカサマ込みの怪しいギャンブルを仕掛けてくる妖艶な切れ者お姉さんというキャラが明らかだったのですが、花家弁護士のキャラクターは、イカサマの餌食になる弱者か、それともそのイメージを逆手にとって最後にイカサマの裏を取って一発逆転を成し遂げる詐欺師なのか、今の時点では分かりません。事前の噂が「百戦百敗」だったり、法テラス相談でいきなり「勝訴の見込みがあるとは言えない」事件の私選手続きだったりするのは、ダメ人間なのか悪人なのか微妙なところです。。。見た目的なだらしなさは私そっくりな気がするのは、たぶん気のせいです。

ちなみに、一番共感したのは、配属された事務所について

「美人すぎる弁護士・・・と同じ事務所のオッサン」

と喜ぶモブ修習生でした。歓喜する気持ちはよーくわかるぞ!そこから何かが発展するとは全く思えないけどな!

今年は真庭の年。

例年より若干遅く、来年度の法律相談日程が配布されていました。来年度の私は、久しぶりに遠方の地域法律相談センターが当たり(?)、真庭に1年間通うことになる模様。当たるときは真庭か勝×で、その他のセンターは10年以上当たったことがない…という事実は、果たして何を意味しているのだろう。。。

それにしても、来年度は割り当てられた法律相談の数が多いような。。。弁護士会の法律相談枠が増えた・・・わけではないので、希望する会員が減っているのでしょう。弁護士会の法律相談なんかあてにしなくても、みんなたくさんの事件を受任しているのでしょうか。そんな噂を聞いたら、どっかのLawの人たちが

「やはり弁護士は足りない!今年こそは合格者2000人にするべきだ!」

とか言い出しそう。まあ、どうせ彼らは、そんな噂を聞かなくても、する主張は同じか。。。

指導担当弁護士が修習生に嫉妬した瞬間~後編~

私のもとに配属されてしまった修習生は、一般的修習生と比較して圧倒的な長距離移動を強いられるというのが定説ですが、ある時、「裁判」とか「法律相談」とか「現地調査」とかの移動の具体的な理由をあえて説明しないまま、修習生を遠方に連れて行ったことがあります。

移動先での会話も、事件と直結する内容・・・というわけではなく、あえて曖昧に、事情を知らなければ本当に世間話に聞こえるような話し方をしたうえで、終わった後に修習生に対して

「なんでわざわざここまで来たんですか?」

「実は、これが営業なのだよ」

「え?なんであの会話が営業になるんですか?」

「ふっふっふw」

という展開を予測し、そうなるように注意しながら進めたはずだったのですが…移動先を辞去した後の修習生の一言目は・・・

「先生は、こうやって営業されてるんですね?www」

でした。。。

こうして修習生に分からないように仕向けた意図をあっさりと看破された私ですが、その修習生の履歴書に、私と移動先の、あえて意図を隠して世間話に偽装した会話の真の意味を当然に読み取れそうな社会経験といった特別な要素は、特に見当たりませんでした。もともと人づきあいが得意ではない私が、自分に致命的に欠けているコミュニケーション能力を補う擬態を、こともあろうに何のバックボーンもない修習生に、なんの説明もないまま見抜かれてしまったのですから、その衝撃たるや並みのものではありません。

これが純粋に弁護士としての能力に関するものであれば、私のショックはそこまで大きなものにはならなかったかもしれません。私も弁護士である以上、弁護士に当然必要とされる能力の欠如や不足は、自己責任と受け入れざるを得ないからです。しかし、こうした営業能力は、従来の弁護士に不可欠なもの・・・とは言われてきませんでした。そして、私に致命的に欠如しており、そのことを自覚したがゆえに 様々な屈辱と悲哀をなめながらようやく身につけた程度のものが、彼にとっては何の社会経験すら要さず一目で見抜けるものにすぎなかったのです。

もしや、 名作歌劇ないし映画である「アマデウス」におけるサリエリの絶望とは、このようなものだったのでしょうか?(別に修習生の人格が「アマデウス」におけるモーツァルトのように下品で粗野な人物だったわけでは、たぶんありません)。

というわけで、過去、私が修習生に本気で嫉妬してしまったことがあることを、ここに告解しておきます。ちなみに、だからといって私が修習生を毒殺しようとしたことはありません。

指導担当弁護士が修習生に嫉妬した瞬間~前編~

こういう時代になってくると、弁護士の世界でも、これまで以上に依頼者は「コミュニケーション能力が高い」人材に流れていくことでしょう。

私はこれまでに6人、副担当を含めると8人の司法修習生の反面教師指導担当をしてきました。彼ら1人1人に長所、特徴、課題があるのは当然のことで、彼らに与えた課題の成果物、あるいはそれを作成するに至った理由の尋問によって彼らの資質を洗い出し、 陰で無責任に「うっひゃっひゃ」と悦びながら

「Aさんは~について今後努力の必要がある」

「Bさんは~について実によい素質を持っているが、実務経験によるブラッシュアップを行っていく必要がある」

「Cさんは~について私を大きく超える資質を持っている。今後の伸ばし方によっては、私を大きく超える能力値に至るであろう」

などと評価していくのが、主観的には指導担当を務めることに対する最高の報酬だったりします。

もっとも、私が評価しうるのは基本的に弁護士としての能力であり、私を越えうる、あるいは越えているものがあったとしても、それが了解可能なものである限り、それは評価の対象ではあっても、嫉妬の対象となることはありません。「自分が70の能力を、Dさんは80くらいまで伸ばすことができるかもしれない」とか、「この分野で~の手間をかければもっと成果が出ることは分かっているが、自分ではできないそれを、Eさんは実践しうるかもしれない」という対象を排撃するほど、私は狭量ではない・・・つもりです。

しかし、そんな私も、指導担当の修習生の反応に震え、嫉妬の念を燃やしたことが、過去にありました。

修習生たちの行方

73期の裁判官任官は、66人だったとのことです。54期の感覚的には「任官100人、任検80人」というものがあったのですが、任官が100人越えだったのは67期が最後だそうです。。。

地方街弁は激減、裁判官も激減、検察官は微減という状況の中で人気を集めているのが大都市の弁護士・・・という現象は明らかですが、

「給料はいいけれど労働条件はきつい」

というのが定説となっている(だからこそ、数年前までは彼らが人気を集めることはなかった)大都市の弁護士は、果たしていくらもらっているのか、それとも労働条件が噂とは異なっているのか、興味深いところです。所得金額に関する国税庁の統計を見る限り、弁護士の所得が伸びているという様子ではなさそうですが…。

バッテリー(2007年の映画)

2007年に興行収入15億円というなかなかのヒットとなった映画「バッテリー」を見てみました。

お話自体は、野球のピッチャーとして天才的な才能を持つ中学生の主人公が、父親の転勤で引っ越してきた田舎で様々な経験を経て成長していく物語です。原作は、1996年から2005年にかけて発表され、現在では「児童文学の名作」とされているようですが、時期的に私が「児童」だった時期には存在していなかったことになります。

昔は「児童」だったものの、今はいろいろと黒い世の中に汚れっちまった悲しき中年男としては、主要登場人物が中学生に見えないとか、超中学級の投手である主人公の投球をマスクもレガースもなしで受けようとする登場人物たちとか、学校や風紀委員(!)による生徒の取り締まりの様子が校門圧死事件(1990年)以前だとか、主人公に対する先輩のリンチ事件で加害者は退部だけで済ませながら被害者側は対外試合全部辞退でせっかく(?)事件を隠ぺいした意味がないとか、全国準優勝の中学の野球部が監督の許可なく非公式試合をする際の選手や用具の移動はどうしたんだとか、主人公の弟の青波きゅんが可愛すぎるとか、本編とはあまり(?)関係ないところにひねくれたツッコミを入れながら見ていました。

この作品は、原作者が美作市出身ということで、舞台も「岡山の田舎」と設定されており、映画でも岡山ロケが敢行されており、高梁、美作、新見を中心とした県内各地の風景が登場します。県北出身の投手というと楽天の福井優也投手(西粟倉村出身、広島→楽天)や高田萌生投手(新見市出身、巨人→楽天)を連想しますが、彼らもこんな風景の中で野球をやっていたのかもしれません。実際、彼らの球を受けられるキャッチャーなんてそうそうはいなかっただろうな。。。