Home » NEWS » 鎌倉殿の13人・愛深きゆえに

鎌倉殿の13人・愛深きゆえに

頼朝が死亡する直前、比企尼に「強い棟梁であるために捨てた」と強がっていた観音様を、実は大切に持っていたシーンを見直していて、じわじわ来ました。

これはつまり、昔と同じ「情」を持ち続けながら、数々の粛清を決断していたということなのではないでしょうか。「帰ってきた義経」の首桶を抱いて泣く以外には、おそらく意図的に、いちいち内面的な描写がされていなかったのですが、大泉頼朝は、初期のトボけた内面のまま、冷酷で冷徹な粛清・断罪を繰り返し、その心の中で鬼哭の涙を流していたのです。おおお、この悲劇性は、私好み。。。

「こんなに苦しいのなら 悲しいのなら…………愛などいらぬ!!」

そう叫んだ将星と同じく、鎌倉殿も、愛深きゆえに堕ちたのです。いや、情を最後まで捨てられず、堕ちることすらできないまま非情な決断を繰り返した鎌倉殿の将器は、将星すら上回るのです!これこそが歴史を動かした英雄。。。

「全部大泉のせい」などとひどい言葉を流行らせた小栗義時は、最近になって「大泉は死ぬのが早すぎた」と文句を言っているとか。全部頼朝のせいにしていたけれど、実際には頼朝が鎌倉、武家社会の様々な矛盾を一身で抑えていたことに、みんなこれから気づくのです。ざまあwww

以上、頼朝の長兄の首を刎ねたご先祖様がいるのになぜか鎌倉殿ファンな先祖不幸者のひとり言でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*