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鎌倉殿の13人・一番悪いやつ

「武士の鑑」畠山殿、故なくして散る・・・。・゚・(ノД`)・゚・。いくら知力12直情径行の和田殿に「もう少し生きようぜ!」と説得されても、後継ぎ息子を殺された後では、耳に届くはずもありません。一族の未来が理不尽に断たれた勝算もなく、戦う理由もなく、ただ己の誇りを守り抜くために最後まで戦い、滅びた気高い最期でした。まあ、大将同士の一騎打ちはさすがにやりすぎだと思いますが。中川大志さんの中に宿る、「真田丸」で淀ママに出陣させてもらえないまま滅亡を迎えることになった秀頼の魂も、きっと浮かばれたにちがいありません。むしろ、和田殿の方が、今後の運命を考えると(以下ry)

しかし、今回の真髄は、サブタイトルにもかかわらず、畠山殿が討たれた後の約十数分間にこそありました。「武士の鑑」の無残すぎる死を道具として展開される、上級武士どもの謀略戦。たぶん自身が命じた畠山殿の首実検を拒否したことで、時政にもはや鎌倉を仕切る資格がないと見切った義時が放ち始めた昏い輝きに、笑六法の魂は熱く焦がれます。まあ、比企一族滅亡回で「勝つためなら何でもするつためなら何でもするのが坂東武士」と時政が言っていた北条の価値観的には、こっちこそが「武士の鑑」だったのかもしれませんが。

ただ、ツッコミどころとしては2点。義時は政子に

「父上を殺すなんて言わないで」

と迫られた際に

「私の今があるのは父上がおられたから。そのことを忘れたことはございません」

と答えていますが、これ、問いに答えず、逃げていますよね。史実を知らない人なら、絶対に時政の死亡フラグと解釈するでしょう。それに、百歩譲ってここで義時が父を殺さないと約束したと解釈できるとしても、政子の立場で、それを信じられるでしょうか?義時はそれ以前に一幡も頼家も「殺さない」と政子に明示で約束しておきながら、殺しているわけで。政子さん、あなたの弟は、恐ろしい人になったのではなく、とっくに恐ろしい人だったということを一番知ってないといけないのはあなたではありませんか。。。・・・この点、政子鬼母説によれば、

「○○だけは殺さないで」=「○○はさっさと始末しろ。私に一切かかわりのない体で。フフフ・・・」

と脳内変換することが可能なのですが。。。

そしてもうひとつ。視聴者の同情は畠山殿に集まるようにドラマが作られていますが、ここでどさくさにまぎれて殺された稲毛重成の最期も、畠山殿に負けず劣らず理不尽なような気が・・・?そして、「稲毛殿を殺すことで、御家人の不信を稲毛殿に押し付ける・・・と見せかけて、実際には時政への不信を決定的なものとする」という二重の策を発案したのは、明らかに大江広元に見えます。考えてみれば、陰惨な粛清の嵐の出発点だった上総広常粛清も、発案したのはこの男でした。

鎌倉で一番悪いやつは、大江広元ではないでしょうか。ネット上で「鎌倉幕府のオーベルシュタイン」と呼ばれ始めたのも、故なきことではありません。

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