Home » NEWS » ゴールデン・ゴールドの旅

ゴールデン・ゴールドの旅

突然ですが、この3連休は家庭をほっぽり出して仕事で一関に来ています。

仕事が一息ついたところで、今後おそらく一生足を踏み入れることがない一関まで来た記念に、中尊寺に行ってきました。

中尊寺というと、平安末期に金の産出を背景として奥州一帯に独立王国的な支配権をふるい、隆盛を極めた奥州藤原氏の菩提寺で、その中でも最も著名かつ重要な建造物である金色堂は、中尊寺、そして奥州藤原氏の象徴的建物として、国宝にも指定されています。

独立の時に事務所名を聞かれて

「ゴールデン・ゴールド法律事務所」

と冗談を言ったところ、聞いてきた側は誰も冗談と思わず、本当にその名前が流通しかけた私にとって、その黄金の輝きは非常にまばゆいあこがれの対象なのです。

しかし、実際に行ってみると、中尊寺金色堂は、雨ざらしにならないように覆堂の中に収められていることもあり、金閣寺のような一見して圧倒される輝きとはまったく異質で、幽玄なる木々、石の奥に隠された荘厳な世界という感じでした。

KIMG0265(堂内は写真撮影禁止でした)

中尊寺は、金色堂も含め、「ゴールデン・ゴールド」というよりむしろ、「奥の細道」でいくつかの名句を残した関係で銅像もあった、松尾芭蕉の雰囲気に包まれていたのです。

KIMG0269

KIMG0273

栄華を極めた奥州藤原氏ですが、全盛期を築いた秀衡の死からわずか2年後には滅亡してしまいます。清衡、基衡、秀衡が三代にわたって築き、守り抜いてきた平泉の栄光は、4代目泰衡が日本史上最強の恐妻家の圧迫に屈したことをきっかけとして、たちまち奈落の底へと転落していきました。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。名君が三代にわたって蓄えた膨大な富と軍事力は、それを運用する君主が暗君に代替わりしたとたん、まるで張り子のように無力化されてしまったのです。指導的地位に立つべき者が持つべきものは、金、権力よりも正しい判断力と気概なんだろうなあ・・・と感慨を感じながら、それでも息子には黄金のお土産を買う、ゴールデン・ゴールドな私なのでした。

1500221250415

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>