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日本史上最大の恐妻家

中尊寺を訪ね、奥州藤原氏の歴史に思いをはせた私ですが、その思いは、必然的にその奥州藤原氏を滅ぼした人物に向くことになります。

奥州藤原氏を滅ぼしたのは、言わずと知れた鎌倉幕府の創始者・源頼朝です。征夷大将軍を頂点とした武家による封建支配体制を完成させた彼は、日本史の教科書に必ず太字で記載される、日本史の中でも確実に五本の指に入る偉人の1人と言えます。

源頼朝と言えば、もともと冷徹な政治家というイメージが強く、弟である義経との逸話が有名すぎるほど有名ですが、奥州藤原氏との関係でも同様です。頼朝と仲違いした義経が奥州へ逃げ込むと、三代・秀衡に対して義経を引き渡すよう圧迫し、それを受け流そうとする秀衡から様々な政治的譲歩を勝ち取り、さらに秀衡の死後、跡を継いだ四代・泰衡が頼朝への恐怖のあまり義経を殺害して首を差し出してくると、たちまち

「これまで義経を匿ってきた罪は消えない!それに、義経を引き渡せとは言ったが、殺せとは言っていない!」

と全国から御家人を動員して奥州へ全面戦争を仕掛け、奥州藤原氏を滅亡に追い込んだ変幻自在の政治力は、まさに日本の首相にしたい人物です(間違っても友人や家族に持ちたくはありません)。

ちなみに、頼朝が得意だったのは、こうした政治的駆け引きだけではありません。

「義経が西国で平家や木曾義仲と戦っていた間、頼朝は鎌倉に引き籠って何をしていたのか?」

という謎は、日本史の教科書には「頼朝は、鎌倉で政治に専念していた」程度の記載しかされないため、具体的によく分からなかったのですが、どうも彼がしていた「政治」とは、御家人関係の様々な紛争の解決、すなわち「裁判」がかなりのウエートを占めていたという説があるそうです。

頼朝の政治と言えば、「侍所」「政所」「問注所」の設置は日本史上必須の知識です。このうち侍所は初代長官にあたる「別当」が和田義盛、政所の初代「別当」も大江広元という割とメジャーどころなのに、裁判を処理する問注所だけはなぜかトップが「執事」の上、初代執事は三善康信という、平家物語的にはどこにも出てこないマイナー人物でした。しかし、それはなぜかというと、頼朝の存命中、こうした裁判はすべて頼朝がやっていたから・・・なのだと言われると、なるほど、納得がいきます。「一所懸命」、自身の領土を守ることに命を賭けており、そうであるにも関わらず、貴族や寺社、あるいはより強い武士の介入によって、非常に不安定な地位に置かれ続けてきた武士たちにとって、「公正な裁判」をもたらす頼朝への信頼と尊敬は絶対的でした。だからこそ武士たちは、頼朝と義経が対決した際、戦争の天才である義経にはほとんど誰もなびかず、頼朝を支持したのです。

・・・それほど冷徹な政治家で、かつ公正な裁判官であった・・・はずの頼朝ですが、妻の北条政子が絡んだ時のアレはいったい、なんなのでしょうか。

頼朝と木曾義仲がいったん和睦した際、義仲の息子を頼朝の娘の婚約者(という名目の人質)として預かることになったものの、結局義仲とは仲違いして滅ぼしてしまい、義仲の息子も殺した・・・後に、息子を気に入っていた政子と娘に泣いて怒られると、自分の命令に従って息子を殺した御家人を処刑し、晒し首にしたとか。

政子の妊娠中に頼朝が亀の前という女性を部下の屋敷に住ませ、浮気のために訪れていたことがばれてしまい、激怒した政子が北条家の縁者に命じて亀の前の屋敷へ乱入させて破壊するいやがらせを行ったところ、これまた激怒した頼朝が何をしたかというと・・・実行犯だけ呼びつけ、土下座して詫びる実行犯の髻を切って屈辱を晴らしたものの(今でいうなら「坊主にした」くらい?)、その後政子やその父親の抗議を受け、結局亀の前を預かっていた部下を島流しにしたとか。

・・・公正な裁判?なに、それ。もう笑うしかありません。御家人たち、泣いて怒っていいぞ。。。

日本史上最大クラスの偉人である源頼朝は、日本史上最大クラスの恐妻家でもあったのです。冷徹にして公正なことが長所である歴史的大人物ですら、妻の前ではここまで支離滅裂になってしまう、それが恐妻家なのです。。。ここだけ抜き取ると、奥州藤原氏はこんなのに滅ぼされたのかと、むしろ哀れみが増してきます。

このように、中尊寺で奥州藤原氏の栄華に触れた私でしたが、結局行き着いたのは、頼朝ほどの人物をここまでキャラ崩壊させる恐妻家属性のおそろしさだったのでした。(((((( ;゜Д゜)))))

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