Home » NEWS » 表裏比興の者

表裏比興の者

エレベーターでたまに遭遇する火ばさみ先生、某委員会でおなじみの広域暴言団組長の私に対するイメージは、「表裏比興の者」だそうです。

「表裏比興の者」の原典が草刈パパのおかげで株を上げたために今は割とよいイメージですが、もともとの意味をたどると、「油断ならないやつ」みたいな意味を含む言葉であり、決して無条件のほめことばではありません(他に「稀代の横着者」「生得の姦人」などとも言われていたそうな)。組長は

「笑六法先生は、敵にするより味方にいる方が怖い!」

と例によって余計なことを言っていました。まあ彼の発言が軽いのはいつものことなので、それだけならあまり気にしないのですが、火ばさみ先生まで同調するとなると、少し不安になってきます。

原典がなぜ「表裏比興の者」と呼ばれることになったかというと、

代々仕えていた武田家が滅亡すると、織田信長に下って北条・上杉の攻撃を避ける

→信長が本能寺の変で横死し、織田家が一時的に無力化すると、約2か月間に上杉、北条、徳川と同盟相手を次々変えて(裏切った勢力とも戦いながら)生き残る

→徳川と北条が和睦し、徳川が昌幸の領土の一部を勝手に北条に譲ってしまうと、徳川と手を切って上杉に再び下り、徳川・北条を撃退

→最後は豊臣秀吉に下り、北条へ割譲させられた領土の替え地を確保

というめまぐるしい裏切りと勢力拡大の繰り返しゆえであり、私のどこがそれと重ねられているのか、とんと見当もつきません。私がこれまでに臣従した誰を裏切ったというのでしょうか???

戦国の世には、必ずしも裏切り者ではないにも関わらず、「裏切り者」という汚名を着せられる者が出てきます。生涯一度の裏切りを成功させたゆえに裏切り者の代名詞となった明智光秀はまあ仕方ないにしても、「裏切り者の代表格」とされる松永久秀のはっきりした裏切りは、実は対信長だけです。小早川秀秋なんか、創作ものの影響で裏切った小物に貶められただけで、史実では西軍にカウントする方が悪いレベルの東軍主力だったという説が有力化しています(むしろ、空弁当の宰相殿の方がよっぽど裏切り者)。黒田官兵衛など、裏切られたことはあっても裏切ったことはないにもかかわらず、「あいつが天下を狙う気になったらヤバい」と秀吉に勝手に警戒されて干されています。

私がこれらの武将のうち誰にあたるのかは分かりませんが、根拠のないイメージの流布による風評被害に対しては、私は断固抵抗します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>