Home » NEWS » 全て遠き別荘地(ルビはミサキチョウ)

全て遠き別荘地(ルビはミサキチョウ)

私の一族は、備前と備中には割と縁が深い土地が散在しているのですが、美作とはあまり縁がありません。しかし、先日訪問した亀甲駅がある美咲町とは、祖母が騙されて別荘地(という名目の山林)を購入し(てしまっ)たという悪縁が結ばれています。

美咲町とは、久米郡に属していた中央町、旭町、柵原町の3つの町が、平成17年3月に合併して新しくできた自治体で、笑六法家の「別荘地」は、このうち東側の柵原町にあるはずです。先日、仕事と聖地巡礼のついでに近くまで行ったものの、相変わらず正確な所在は不明のままでしたが。。。

もし血迷って「別荘地」に法律事務所を設立した場合、「営業していることに誰も気づいてもらえないまま資金がショートして事務所消滅」というエピソードが現実的に見えてきかねないわけですが、この「別荘地」を離れても、弁護士の営業的にはかなり難しい地域という印象です。人口でいえば、岡山県における平成の大合併後の町としては最大クラスの1万3000人強がいる美咲町ですが、町域は東西に長く、しかも旧3町の中心地は山で隔てられていて有機的な結合に困難が伴う立地です。そもそも当初模索された「久米郡」での合併なら、この3町に加えて旧久米町、久米南町の5町合併になったはずですが、

・久米町は津山市との合併を選ぶ

・久米南町も、「美咲町」という新町名が決まった後になって突然離脱し、単独町制を維持。

・中央町も久米郡と並行し、津山市(周辺地域)との合併を模索

・柵原町も久米郡と並行し、美作町(周辺地域)との合併を模索

という複雑な経緯があり、「久米郡」単位での経済圏は、おそらく確立していなかったと思われます。もし中央町が津山市、柵原町が美作町との合併に流れていた場合、一切よそへのわき目をふることなく久米郡合併にすべてを賭けていた旭町はどうなっていたんだろう・・・(つД`)

このような地域での法的サービスは、弁護士会の法律相談センター等を通じた提供が現実的と思われます。その意味で、美咲町に対して津山法律相談センターの無料券の発行でご協力いただいているのが現体制なのですが、前記の複雑な経過を鑑みると、津山圏での合併の可能性も模索していた旧中央町地域ならともかく、そこに名前が出てこなかった旧旭町地域、津山圏でなく美作圏での合併の可能性を模索していた旧柵原町地域はそれで十分なのかについては、一考の余地があるのかもしれません。・・・そこに至って、過疎化の一般的な問題点である、「サービスの提供を支えるだけのニーズを単独で維持しきれなくなる」という問題点に行き当たるのですが。。。

というわけで、亀甲駅に寄った後、旭町出身の岸田吟行によって考案されたとして、美咲町の名物とされるたまごかけごはんをかきこみながら、うちの「別荘地」の未来を考えるのでした。。。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>