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真の女帝か影の女帝か

ネタ化において男女平等を目指す「笑六法」において、女性といえどもネタの対象とされることを免れないことは、女神様や女帝陛下の例を挙げれば容易に証明可能です。さらに、その世界が彼女たちの個人的寛大さのみに依存するわけでないことも、最近新たにマリー・アントワネットが登場したことによって明らかなわけですが、そうした事実からまったく別の着想に至る個性が存在するのも、この世界の面白いところです。

あえて名を秘する某弁護士が、

「笑六法への登場が笑六法との距離によって定まるのであれば、これまで不自然なほどに登場していない某女性会員がいる!」

と言い出しました。

「笑六法に登場するのは誰か」ではなく、「笑六法に登場しないのは誰か」という逆転の発想は、ボーッと生きている奴らからは決して出てこない、なかなかたいした着想です。確かに私のガラケーの電話帳に携帯番号が登録されている岡山の女性弁護士わずか3名の中で、某女性弁護士だけがまだ特定可能な形で笑六法に登場していないわけですが、彼は自分が発見した逆転の発想を、もう一つの別の真理である「本当に危険なネタは、笑六法はとりあげない」と結びつけることによって、さらに新たな着想へと至ったようです。

「笑六法は、某女性会員によって既に決定的な弱みを握られ、彼女に関する言論の自由を喪失しているのではないか」

・・・そう来るか!!!(  д )  ゚ ゚

彼が真理と真理を足して導いたこの命題は、果たして真理なのでしょうか。新たに突きつけられた数学的な証明の難題に、なんだか胸がワクワクしてきます。

もしこの疑惑が事実であるとすれば、某女性弁護士は何と呼ばれるべきなのでしょうか。なにせ既存の登場人物たちの名前が既に大物揃いなうえ、某女性弁護士は女神様を含む他の誰もがなしえなかった「笑六法を黙らせる」という偉業を達成している(笑六法を黙らせるために必要なものが恐怖以外にありえないことは、なぜか前提のようですが)ことからすると、彼女にもまた凄い名前が必要な気がします。最近マイブームだった中世ヨーロッパ世界の人名事典だけでは、もはや足りません。

果たして「妲己」「呂后」「武則天」「西太后」か。人材の多彩さを見れば、中華文明は東の一大文明なのだと痛感しながら歴史を振り返りつつあったところで、

「私が笑六法で触れていないことが某女性会員の力(?)の源泉であるとすれば、私に笑六法で触れられた時点で、彼女は妲己(以下略)たる資格を喪失するのではないか」

という二律背反に気がついてしまいました。実に悩ましい問題です。

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