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オグリキャップと大学者

先日の内田民法のハイセイコーネタに対し、こんなタレこみが。

「事務所の内田民法を見てみたら、その版では錯誤の例えがオグリキャップになっていました!」

( д )  ゚ ゚

版ごとにハイセイコー→オグリキャップ→ディープインパクトと馬をいちいち変えている内田先生。しかし、それでも錯誤の設例は、一貫してサラブレッドの仔馬なのです!どんだけ競馬好きなんですか!学生時代、基本書としてはかなり異端と思われる近江本で民法を独学した私ですが、内田本を使わなかったことに心底後悔しました!

それに、価値がある馬の象徴として「オグリキャップの子」というのは、ハイセイコー以上にずれていて素敵です。オグリキャップというと、確かに一定の世代以上であれば、競馬に関心がない層でも名前をどこかで聞いたことがあるであろう、日本競馬における名馬の中の名馬です。血統が非常に重んじられる競馬の世界で、まったくもって目立つ血統ではなく、中央競馬ではなく地方、それも笠松競馬という小さな競馬場でデビューしたオグリキャップですが、走ってみると連戦連勝、やがて中央競馬への移籍が認められ、競馬界のルール(という名の差別)によって、クラシックレースと呼ばれる最も注目される大レースには登録できない憂き目を見ながらもとにかく勝ちまくることで様々な方面から注目と共感を集めました。

1世代上の最強馬「白い稲妻」タマモクロスとの死闘、そしてタマモクロス引退後に宿敵スーパークリーク、イナリワンと繰り広げた「平成三強」時代、さらにはオーナーにも恵まれず、賞金目あてで近代競馬では聞いたことがない「G1競争(最も格付けの高いレース)への2週間連続出走」を強いられ、それでも1週間目は優勝、2週間目は世界レコードの2着」とか、ライバルが次々引退した最後の秋、惨敗を繰り返して

「オグリは終わった」

と言われる中での最後のレース有馬記念での復活Vとか、まあ書き出すと止まらなくなる物語性の塊のような名馬で、通算32戦22勝、有馬記念2回を含めてGlを4勝し、獲得賞金も9億円を超えたお馬さんなのですが、彼の特徴は、そのドラマ性を様々なニュース番組やドキュメントとかに取り上げられることで競馬ファン以外の一般層にも知られるようになりました。

・・・でも、このお馬さん、種牡馬としては、壮絶に失敗しています。

競馬の世界における種牡馬に対する支配的な価値観は、「育ちより氏」です。「氏より育ち」ではありません。三流血統の名馬より、一流血統の駄馬が尊ばれるのです。「三流血統なのに強い」ことが人気の源泉だったオグリキャップと、相性がいいはずがありません。。。

ハイセイコーは、種牡馬生活の中でベスト10入りが1度だけと書きました。1979年の日本ダービーと1981年の天皇賞・春を制したカツラノハイセイコ、1990年皐月賞馬ハクタイセイといった一流馬を種牡馬としても輩出しているハイセイコーと違い、種牡馬オグリキャップの子はとにかく走らず、種牡馬生活の中で、ランキングはベスト10どころかベスト100にも入ることはありませんでした。。・゚・(ノД`)・゚・。

そんなオグリキャップを、高馬の象徴として教科書に載せてしまう内田先生、貴方こそ真の漢です!

血統がよくなく、地方競馬でデビューした後に成り上がっていったという共通項を持つハイセイコー、オグリキャップという流れは、競馬ファンのひとつの方向性として一貫したものです。種牡馬オグリキャップだって、最初から全く期待されていなかったわけではありません。競走馬としては奇跡を何度も起こしてきた名馬だけに、種牡馬としても奇跡を起こしてくれる・・・そんな期待は、確かにありました。残念ながら厳しい現実に負けた形となる種牡馬オグリキャップですが、内田民法の世界では、オグリキャップは子どもが片っ端から高く売れる大種牡馬として君臨していたのです。内田先生の競馬への思い入れ、愛情、そして業は、どれほどに深いのでしょうか・・・?

学生時代、数人の共犯者とともに「馬法(マホウ)学研究会」を名乗っていた程度には競馬を愛している笑六法は、内田貴先生を心の底から敬い、崇めています。

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