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鎌倉殿の13人-逝家さん 常敗不勝の その神話

再来年の大河「鎌倉殿の13人」、5日間連続第一次キャスト2日目の今日は、笑六法ルールでは最弱の次鋒にあたる日ですが、源逝家・・・もとい、源行家役の杉本哲太さんに心を奪われました。

私と源行家の出会いは「まんが日本の歴史」で、伊豆に流されていた頼朝に以仁王の令旨を伝えて平家への反乱をたきつける山伏風の男が行家でした。

その時は、その後の彼がどうなったか、まんが内でフォローすらないまま消えていったため、そのまま忘れてしまったのですが、後になって、彼がどんなに魅力的な人生を歩んだのかを知って、突き詰めて調べようとしなかった自分の愚かさを後悔しました。

源義朝が兄弟を皆殺しにさせられた・・・と思っていた保元の乱をどう立ち振る舞ったのか、十弟の彼だけ生き残った(ほとんど年の差がない九弟の為仲は斬首)後、平治の乱でも義朝につきながら、他の義朝陣営の人々がことごとく殺されるか生け捕りになるかしたのに、彼だけは20年以上無事に雌伏した後、以仁王の令旨によってついに歴史の表舞台へと昇った!わけです。・・・しかし、彼が凄いのは、それからです。

彼が最初に歴史の表舞台に足を踏み入れるきっかけとなった以仁王の反乱は、行家の動きが原因で密告されて平家に発覚し、壮絶に失敗。

行家は次に富士川の戦いで圧勝して勢いに乗る頼朝のもとに潜り込んで平家と戦うも、墨俣川の戦いでは5倍の敵を相手に夜間渡河の奇襲をかけたところ、兵士が濡れていたため計画がバレて(・・・当たり前ではないですか?)全滅するなど連戦連敗し、しかもその状況で所領を要求して拒否されたことに立腹し、逃亡。

さらに次は、木曽義仲をそそのかして京へと攻め入らせ、自ら先頭に立って乱暴狼藉を働いたことで義仲の京での評判を地に堕とし、最後は義仲とも仲違いして惨敗、逃亡。

さらには西国で勢いを盛り返し始めた平家の逆襲を受けて惨敗。絶体絶命に陥るも、頼朝の意を受けた源範頼・義経軍が木曽も平家も(行家に関係なく)蹴散らしてくれたことでしぶとく生き延びる。

最後は、平家を滅ぼした後に頼朝と仲違いした義経と接近して手を結び、後白河院から頼朝追討の院宣を受けるも、武士がまったく集まらず逃亡し、ついには頼朝に生け捕られて斬られる。。。

・・・なんという波乱の人生でしょうか。以仁王の令旨をきっかけに世に出てからその最期までの6年間ですが、軍を指揮すれば百戦百敗、日本史上最低の愚将ではないかと称賛したくなる、輝かしい戦績を残しています!弁舌で勝負すれば、歴史上の人物を多数そそのかして動かし、頼朝以外のほぼ全員を不幸にしています!こんな面白い人物は、ほかになかなかいません。

日本史上、他にも無能として知られる人物はいますが、ここまで華麗な敗北と復活を繰り返した人物は、ちょっと浮かんできません。どんなに勝利を重ねても、最後の1敗で命を落とすことが当たり前だった時代に、これだけ負け続けて死なないというのは、それ自体が神業としか言いようがありません。また、行家は基本的に勢力のトップではなく誰かの陣営に属しているのですが、普通はこうした立場で壮絶に敗北した後で他陣営に転じた場合、警戒されて?一軍の将まで任されるところまで行きません。この人のさらに凄いところは、 これだけ負け続けながら死ぬことなく逃げ切るだけでなく、陣営を変えて一軍の将クラスまでは復活する(そして負け続ける)ということもあるのです。

それにしても、当時のあらゆる権力者たちによる行家への対応の中で、源頼朝の対応の適切さが光ります。彼が天下を取ったのは、必然と言わなければなりません。

笑六法は、「鎌倉殿の13人」においても、源逝家と杉本哲太さんを応援しています。

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