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鎌倉殿の13人-今若が 大河ドラマに ついに出た

「鎌倉殿の13人」第一次キャスト発表も既に4日目。頼朝、義経といった大物は明日の最終日に回し、今日は範頼、全成、北条時政といったあたりの発表がありました。

このうち阿野全成は、頼朝の弟、義経の兄でありながら、源平ものではほとんど省略される悲運の人です。もっとも、日本人の多くが彼のことにまったく触れないまま終わるか・・・というと、そうでもありません。むかし話級の日本史有名エピソードで、父・義朝が死んだ後、母の常盤御前に連れられて清盛のもとに出頭した「今若、乙若、牛若」が命を救われ、この中の牛若丸が、後の源義経になることはかなり有名だと思います。

ただ、この話を聞いたときに

「今若、乙若はどうなったの?」

という疑問を持った人は、いないでしょうか。ちなみに私は、牛若が後に感動の再会を果たす兄・頼朝=今若と脳内変換していたため、疑問の対象は乙若だけでした(範頼がお話に出ていれば、疑問解消だったのに)。

しかし、頼朝は常盤御前ではなく正妻の子であり、今若・乙若とは別人です。では、消えた2人の兄はどこへ行ったのか・・・という問いの答えの一角が、阿野全成となります。

実は、頼朝と感動の再会を果たしたのは義経だけではありません。義朝の三男・頼朝の弟たち (長男・次男は平治の乱で死亡)のうち、四男は消息不明、五男は頼朝謀反の際平家に討たれたものの、六男範頼、七男全成、八男義円、九男義経は全員頼朝のもとにはせ参じ、平家との戦いに身を投じたのです。・・・このうち乙若こと義円は、不勝の迷将・逝家につけられたのが運の尽きで戦死したのですが、全成は、北条家の娘を妻に迎え、源氏一門の重鎮として遇されていたようです。一般に、頼朝は「生き残った兄弟を皆殺しにした」みたいなイメージで語られますが、少なくとも全成は頼朝より長生きしており、頼朝に粛清されたわけではありません(彼が粛清されたのは、頼朝死後です)。

大河ドラマではほぼ省略され、おそらく「草燃える」以来となる(さすがにこれはまったく不知)全成の大河登場には、胸躍らずにいられません。ちなみに役者は新納慎也さん、「真田丸」の秀次にして、元うたのおにいさんです。・・・彼はどんな非業の最期を遂げるのでしょうか。。。

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