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フラレタリアートを超えた偉人・細川政元

最近戦国時代関連のネタが増えていますが、歴史の中で、笑六法家のさる「恩人」が不当な扱いを受けていることは、まだあまり知られていません。

私のご先祖様である難波十郎兵衛行豊公は、ご主人様である赤松政則に仕えていましたが、その赤松政則は、室町幕府管領にして当時の最高権力者だった細川勝元・政元父子に仕えていました。この細川家は、「麒麟がくる」の信用できない細川家を含めた細川家の総本家たる京兆家です。「日本の最高権力者の手下の手下」になっていたこの時期が、わが一族が最も「天下」に近づいた一瞬であると言えます。

しかし、「応仁の乱」の東軍総帥として日本史必須の人物で、大河ドラマ「花の乱」にも登場した有名人である細川勝元と比較して、細川政元がネタ的にどのような扱いを受けているかについては、割と最近思い知らされました。「戦国三大愚人」・・・日本人が大好きな「日本三大・・・」の中でもなかなかひどい、そんなものの一角に認定されていたのです。

「戦国三大愚人」の残る2人は、「海道一の弓取り」と言われた今川義元の死による家督相続後、10年も持たずに名門今川家を瓦解させた今川氏真、やはり7ヶ国の守護を兼ねて室町幕府の最有力者ともなった大内義興の後を継いでから20年少々で名門大内家を滅亡に追い込んだ大内義隆だそうです。

・・・まあ京兆家も政元が暗殺された「永正の錯乱」によって凋落したわけですが、それ以前の政元は「明応の政変」で足利将軍の首を挿げ替えて権力を掌握したために「半将軍」と呼ばれたり、織田信長や松永久秀に先立って比叡山を焼き討ちしたり、といった数々の政争を経て京兆家の最盛期を演出しているにもかかわらず、この扱いです。ほかにもっとふさわしいやつはいるだろう、斎藤龍興とか、織田信雄とか。名門を滅ぼす=愚人なら、武田勝頼や北条氏政もその資格はあるわけで。

彼が「三大愚人」扱いをされているのは、京兆家の当主でありながら、

「40歳まで女人を近づけなければ、天狗になって魔法が使え、空を飛べるようになる!」

などという、現代でもどこかで聞いたような謎理論を500年以上前に唱えて本当に女人を近づけずに修験道に没頭したり、修験道の修行に行ったまま政治的に重要な局面で連絡がつかなくなって家臣を右往左往させたり、といった奇行に走り、さらには妻を持たないまま3人の養子を迎えた結果、養子間での権力争いを招き、その争いに敗れた1人によって暗殺され、京兆家の没落を招いたから。・・・あれ?やっぱり愚人?

いや、きっと彼は私に先立つこと500年、フラレタリアートの解放に目覚め、戦った人物なのです。というより、

「しかも金(竜飛)は『食えなかった』んだが力石の場合は自分の意思で『のまなかった』『食わなかった』!」

というあしたのジョー理論によれば、私は金竜飛にすぎませんが、京兆家当主という政治的立場にあり、望めば(たぶん)ウハウハな生活ができたはずの政元は、自分の意思で力石徹になったのです。これを偉大と言わずして、何と言おう・・・!

というわけで、私は細川政元を尊敬することにしました。私が突然姿をくらました場合、鞍馬山に籠って天狗になる修行をしていると思ってください。

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