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恐るべき血の宿命・・・?

笑六法家のご先祖様は、戦国時代に宇喜多直家に逆らい続けた挙句に勝ち馬に乗り損ねて、一度没落したものの、江戸中期に入って、何があったのか周匝陣屋の片桐池田家(岡山藩池田宗家の家老6家のひとつ)に突然召し出され、仕官を果たしてそのまま幕末に至る・・・という、名門なんだかそうでないんだかよく分からない微妙な家系です。

大恩ある片桐池田家を調べようと思って「吉井町史」を読んでみたところ、ご先祖様の名前を発見しました。


当家の当主は代々「難波三郎右衛門」を名乗る習わしで、それ自体が役職のようなものなので、同じ片桐池田家内で同姓同名が他にいたということはないと思います。

「幕末の片桐池田家の軍事力」で名前があがるとはなかなか物騒ですが、不穏となる世情に備えた軍事調練に参加した兵力・兵器の調達元だそうです。

この中で比較してみたら、

・自前の種子島大筒と長柄を用意できたのは三郎右衛門公だけ(御陣屋、御家老や大目付すら持っていない)

・預かり鉄砲(殿から預かった鉄砲)20丁もトップタイ

・家来と家中(1代で仕えるのが家来で、代々仕えるのが家中?)が合わせて35人もいる(御家老、御陣屋ですら「家中40名」)

片桐池田家の石高22000石に対する実兵力の動員が371人なのに、その1割弱をしかも維持費がかかるはずの武器付き(種子島大筒に至っては、唯一、それも20も)とは、下手すると家中の総合的軍事力ナンバー1ではないか・・・とも思える数字です。それなのに役職は空欄・・・さらに、 当家の伝承では、幕末頃は100石だったはずなのですが、 いったいどういうことなのでしょうか?

100石のうち、五公五民で手取りが50石だとすると、残るのは50石です。その収入で35人の軍事力を動員するというのは、「1石=大人1人が1年間に食べる米の量」という定義的に、破滅的な負担であるような気がします。っていうか、人間の半分は女性であり、さらに男性のうち軍事力としてカウント可能な世代は当時でも3割程度で、しかもそのすべてを同時に動員することの非現実性を考えると、無理というものです。

もしかすると、当家への伝承=100石というのが違うのかもしれませんが、もし伝承が正しいとすれば、新参者なんてこんな扱いなんでしょうか。それとも、ご先祖様の家来と家中には、フラレタリアートな独身者しかいなかったのかもしれません。なんか泣けてきました。。。

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