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富永一朗先生と漫画美術館(旧川上町)

三浦建太郎先生の訃報で「漫画家は短命」と書いたら、今度は富永一朗先生の訃報が流れていました。ご冥福をお祈りいたします。

1925年生まれの96歳といえば、圧倒的なご長寿です。リアルで全盛期を知る漫画家の中でご長寿の象徴である安孫子素雄先生が1934年生まれなのでそれより1世代上というのはともかく、1928年生まれの手塚治虫先生より年上って、どんだけレジェンドなんだっていう話です。まあ、「お笑いマンガ道場」が終わったのが1994年とのことで、私より下の世代では知らないという方もいそうですが、我々の世代では名前を言われて顔が浮かんでくる、手塚治虫先生より年上のレアな漫画家でした。

ちなみに、今は合併によって高梁市の西の端となった旧川上町には、富永先生が名誉館長を務めている吉備川上ふれあい漫画美術館があります(出身地でもないのにどのようなご縁でそうなったのかは謎です)。弁護士になって1,2年の時、弁護士会の「巡回相談」なるものの割り当てによって川上町へ行くことを命じられ、

「私、免許ないんですけど、備中高梁駅(ツ〇ヤ図書館など影も形もない時期です)からさらにバスに乗り換えろなんておっしゃるんでしょうか?」

「大丈夫、高梁駅まで行けば役場の人がお迎えの車を出してくれるから」

「・・・マジっすか?」

「マジで」

と半信半疑で行ってみたら、本当にお迎えの車が来てくれていたという、私の人生の中で最も「弁護士」という肩書の力を実感させていただけたのが、この町だったりします(いや、もう少しいい思いさせてよ。主に私利私欲的な展開で)。

相談場所の隣にある「漫画美術館」なるものが気にかかり、送迎の人に聞いてみたら

「終わった後に寄ってみられますか?」

と聞かれたのですが、幸か不幸か最後の枠まで相談があり、その後に行っても閉館時間まで間がないことから辞退したのは、実に無念なことでした。後日、学生時代に気になっていながら周囲の目が気になって立ち読みできなかった某少女漫画を、この場所で読了できた御恩を忘れることはできません。

というわけで、富永先生が名誉館長を務めていらっしゃった吉備川上ふれあい漫画美術館のことは、忘れることができません。立地的に、何かの「ついで」で行く機会が非常に乏しいという難点がありますが、なぜか私は定期的な「ついで」ができてしまっているという不思議に恵まれていることもあり、いつまでも存続していただきたい施設です(緊急事態宣言中は休館のようですが・・・)。

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