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意外過ぎる地縁?

以前、和泉式部の終焉の地が全国各地にあるらしい、ということに触れた気がしますが、新見市哲西町には「金売り吉次」の生家跡、墓が両方揃っているらしいという噂を聞き、ネットで調べてみたら・・・事実でした。

「金売り吉次」というと、鞍馬山で暮らしていた牛若丸を奥州へ連れて行って藤原秀衡に引き合わせたと言われる人物です。奥備中で生まれた商人が、奥州藤原氏に取り入って「金売り」としての地位を築き、牛若丸を連れていくことができるほどの人脈を築き、しかもそれほどの成功を収めながら、京でも奥州でもない奥備中で死んだとは。移動の自由を保障する憲法もなければ、のぞみもやくももなく、国境を超えるたびに生命の危険を覚悟しなければならない時代だったのに。

金売り吉次は、福島や栃木にもお墓があるそうですが、こちらは京と奥州の間ということで不自然さを感じません。その点、新見というのはいかにも脈絡がありません。義経が失脚しても、奥州藤原氏は英主秀衡とともに健在だったわけで、商売のルートもあるわけですから、奥州に身を寄せる方がいいような気がするのですが。

まあ、青森にはキリストのお墓があるくらいですので、それに比べたらかなり可愛いものかもしれません。源義経終焉の地を名乗っているのであれば、義経の父親には「義朝公幼少時のしゃれこうべ」の逸話があるくらいですから、お墓と遺体があちこちにあっても不思議ではない(?)のですが。

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