2020年謹賀新年、そして非常事態宣言

皆様、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申し上げます。

毎年面白いことを書いてよこしてくれる、大学の後輩である関東(知事と同じ読みの某県)の弁護士から、今年も年賀状が届いていました。

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定期的読者のほとんどは登場人物の実在人物への脳内変換が可能な中、岡山の知り合いと言えば、たぶん私と某準帝国大学教授くらいしかいない(見え消し部分は、後者の実名)彼にとって、「女神様」をはじめとする登場人物たちは、きっと凄まじく妄想を刺激される存在なんだろう・・・ということが見て取れます。

彼のたっての望みなので、なんとかその願いをかなえてあげようと思案した結果、そういえばこれからの季節は「女神様支持強化年間」こそがふさわしいことを思い出したので、その意味で非常事態宣言を出すことにします。思ったことを口に出すだけで上層部への反逆、主流派への挑発ととられがちな私にとって、彼女を支持するということはすなわち沈黙を強いられることにほかならず、来年度はさぞフラストレーションがたまる年度になると思いますが、その暴発は2021年度以降にとっておくことにします。

ゴーン被告人、出国

カルロス・ゴーン被告人がレバノンに出国したというニュースに驚きました。

レバノンというと、反イスラエル活動の一環としてテルアビブ空港で乱射事件を起こし、26人(全員が一般人、そのうち18人はイスラエル以外の国民)を殺した日本人テロリスト(レバノンとは特に縁なし)を、日本の逮捕状と引き渡し要求にもかかわらず「政治亡命」として引き渡しを拒否したことがある国であり(というより、ほかで聞いたことがない)、自国民でもあるゴーン被告人をわざわざ拘束して日本に引き渡すことはなさそうです。

刑事訴訟法の規定上、少なくとも地裁段階では、被告人が海外に逃亡して出頭が望めない状態で刑事裁判を進めることはできないと思われます。また、私選弁護人は辞任するでしょう。

ただ私選弁護人が辞任した段階で裁判所が一切の進行をあきらめてくれるとは限らず、国選弁護人の任命だけはやってみようと思うかもしれません。この場合、裁判所から事件を回された法テ○スが泣きながら

「カルロス・ゴーンの国選弁護人を引き受けてくれないでしょうか?」

と東京の弁護士に打診したりするのだろうか、と思うと、他人事だからこそ、ワクワクしてきます。

ガンダム世界における男女平等(後編-2)

ウッソに対してこんなにひどいことを一方的にしながら仕留め損ねたカテジナさんは、その後

「クロノクル、来い!」

と帝政国家でおそらくかなり高位の王位継承権も持つと思われる王弟を犬のように呼びつけ、ウッソとのラストバトルに追い込む一方、自らはその帰趨を見ながら、誰かが聞いているわけでもない独白=本音の部分で

「この戦いはねえ。2人の男が私を賭けて戦っているんだ。だから邪魔はさせないんだよ」

「戦え、クロノクル、ウッソ。私の手の中で戦いなさい。勝った者は、私が全身全霊を賭けて愛してあげるよ。ハハ、アハハハ、アハハハハハハハハハハハハハ」

なんて高笑いしているんだから、もう救いようがありません。

しかも、そのバトルでクロノクルを仕留めたウッソに対し、

「あなたの手で殺して」

なんて言いながら接近したと思いきや、彼女をたしなめようとする生身のウッソの脇腹に刃物をぶすり。。。ウッソはカテジナさんの独白を知らないわけですが、テレビの前の視聴者は

「全身全霊を賭けて愛してくれんじゃなかったんかい!?」

と総ツッコミだったであろうことは、他人事ながら保証してもいいくらいです。

何はともあれ、ガンダムシリーズの宇宙世紀ものにおいては、女性たちが差別されることなく50%の割合(4作品中2作品)でラスボスを務めています。しかも、その2人は、政治的に役目を果たす系統で今なお人気の女傑もいれば、最悪最凶の裏切り系悪女もいたりで、決してステレオタイプではありません。

「キャラの魅力(?)さえあれば、女性キャラだってラスボスにできる!」

そんな固定観念から自由だった富野監督によって創出されたこれらの世界は、果たして女性たちに役割を与えられるのは敵にさらわれて主人公に救出されるお姫様だけ・・・というようなアニメ世界と比較して、果たして幸せな世界だったのか?と思うと、大いなる疑問が残ります。「男女平等」のメリットについて、「女性の視点によって平和で弱者に優しい世界になる」などという主張がなされることがありますが、ハマーン様やカテジナさんが平和的で弱者に優しいかというと、明らかに大草原栽培レベルです。

男女平等が高度に推進された社会とは、ガンダムが必要ない世界ではなく、ハマーン様やカテジナさんのように少数にとどまっているガンダム世界のラスボスが、少なくとも半数、女性によって占められる世界なのではないか。それを思うと、富野監督が20世紀に完成させていたこれらの世界は、21世紀の我々がこれから見る社会を先取りしていたのではないかという、慄然たる思いにとらわれます。女性による独裁体制や、女性僭主による政治体制が国民や社会に幸福をもたらすことはないのです。

大切なのは、女性を平等に登用するという結果ではなく、女性が平等に登用されうる過程の確立であり、その正当性のみが国民と社会の全体利益を担保するのだということを、いわゆる儲からは低く評価されがちな「ZZ」「V」から学ぶことができるというのが、ガンダムシリーズの魅力です。

ガンダムシリーズのそこそこのファンである笑六法は、ガンダムシリーズと富野監督を応援しています。

ガンダム世界における男女平等(後編-1)

男女平等などという考えが今よりずっとマイナーだった時代に、「ZZ]において、女性キャラ「ハマーン・カーン」を名実ともに兼ね備えるラスボスに据えたという冨野監督の先進性は前回述べましたが、彼の独特のラスボス論は、次回作の「V」で頂点に達します。

冨野監督は、「V」でも女性キャラ「カテジナ・ルース」(以下、「カテジナさん」といいます)をラスボスに据えます。ハマーン・カーンは今なお「ハマーン様」と呼ばれ敬われているようですが、カテジナさんは、ネット世界では「カテ公」と呼ばれて嫌われ、「ダンダム界三大悪女」の筆頭として不動の地位を築いています。

しかし、カテジナさんが「V」のラスボスに登り詰めたのは、性別の問題に限らず、非常に特異な事象だったということができます。ハマーン様は、初登場時から、第三勢力「アクシズ」の実質的指導者として高い政治的地位を有していましたが、カテジナさんはそれとまったく異なり主人公であるウッソ・エヴィンのペンフレンドのお姉さん・・・という位置づけでした。どこかの王女様とかの政治的な背景は、特にありません。

ガンダム世界は、思春期の少年が宇宙の平和と覇権を賭けた戦いにたまたま巻き込まれてしまわないとお話が始まらないことが多いのですが、例によって13歳のウッソがモビルスーツ操縦の特異な才能を見出され、敵である「ザンスカール帝国」に抵抗するレジスタンス勢力によって主戦力に組み込まれる過程の中で、彼女はウッソに対し、

「恐い人だけにはならないでね・・・ウッソ・・・」

と優しい言葉をかけたりもしています。これだけ読めば、カテジナさんの立ち位置は、戦いを通じて傷つき、成長していくウッソの日常の象徴として、絆を深めていく彼女的なものしか思い浮かびません。強いて彼女がラスボスになると聞いたなら、「敵に捕まって洗脳される」「本人の意に反して思考を乗っ取られる」・・・といった形しか想像できませんし、そうであるならば、主人公の目的は「ヒロインを救うこと」になるため戦っても遺恨は残らず、むしろ絆が深まることでしょう。(リア充はもげろ)責任主義の観点から言っても、それは無罪として取り扱われるべきです。しかし、幸か不幸か、カテジナさんはそうではありませんでした。

カテジナさんは、民衆をギロチンによる恐怖政治で支配して圧政を敷く姿が明確に描かれる、ガンダムシリーズの中でも非常に分かりやすい「絶対悪」ザンスカール帝国に誘拐されるところまでは普通のヒロインなのですが、その後、進んで帝国の理念に賛同し、モビルスーツパイロットとして頭角を現し、彼女を保護するガンダム史上最弱の「仮面の男」こと王弟クロノクル・アシャーをも最後は逆に操り、帝国公式の指揮系統にも影響を与えながら、ウッソの前にとことん立ちはだかります。

彼女がウッソに対して仕掛ける罠は、ことごとく卑劣です。ウッソの自分への好意を知ったうえで利用するのは当然のことで、何度も、何度もやられます。また、カテジナさんがこんなことになったせいで、ウッソの精神的ケアを担当する役割は、戦闘部隊でありながらなぜか1人を除いて女性ばかりで構成されている「シュラク隊」のお姉さんたちが務めるわけですが、このお姉さんたちの全員ではないまでも、多くがカテジナさんに直接撃破され、最終的に全滅します。損耗率50%以上という旧日本軍の専門用語的な意味ではなく、メンバー全員死亡という一般国語的な意味での全滅です。

そんな彼女の悪事は、最終回付近でアニメ史上まれにみるレベルへと極まります。ガンダムで最終決戦上に乗り込んだウッソの前に、なぜか水着姿で近づいてくるたくさんの若い女性たち・・・という作り手の正気を疑う光景に、

「は、裸のお姉さんたち!?何?!」

「からかっているの?また目をくらます幻覚なの?」

としごくまっとうに戸惑うウッソですが、彼女たちは、ガンダムに近接したところから次々とランチャー砲的な武器で攻撃を浴びせ、ガンダムにダメージを与えます。・・・彼女たちは、ウッソがモビルスーツ相手ならば一流のパイロットでも、生身の女性に対してビームサーベルや熱線砲を振るうことはできないだろう・・・というカテジナさんに命じられた帝国の特攻部隊だったのです!(水着である必要は・・・あったのか?)

攻撃を受けたことで我に返った13歳が、

「痛かったら、ごめんなさい!」

「なんで裸の女の人なんだ!なんで!? こんな・・・・・・嘘だ!嘘だ!嘘だ!」

「これは戦争じゃないよ!」

と叫びながらビームサーベルや熱線砲を乱射し、生身のお姉さんたちを次々と蒸発させていく光景は、まさに地獄絵図。生身でガンダムに勝てるのは、マスター・アジアだけなんです。子供に戦争をさせることが児童虐待にあたることは定説である一方、それを否定したらガンダムのお話自体が始まらないわけですが、このような形での「虐殺」まで強要された主人公は、ガンダム史上他にいただろうか・・・?

この作戦は、精神的に深いダメージを受けたウッソに対し、カテジナさん自身がモビルスーツで(彼女自身は生身でも水着でもない)奇襲をかけて仕留めるためだったわけですが、すべてが彼女の差し金だったことに気づくウッソをさらに

「少しは迷ったか!?信念を貫く子供など、薄気味が悪い!」

と罵り、

「こんな、こんなにも汚い手を使う人に、僕は恋なんてしませんよ!」

「じゃあ、私を殺してごらん?坊や!」

とまで煽っておきながら、ウッソが本当に攻撃してきたら

「な、何っ!?」

と本気で驚く外道っぷり。自分だけは攻撃されないという確信のもとに他人を捨て駒にしていたことがよーくわかります。いちおうその後に

「私を殺そうとした・・・!?幻を振り切って、私のことまで振り切ったか・・・アハハハ!」

と自嘲するわけですが、その自信、どこから来たんだ?13歳にして初恋相手のお姉さんからこんな扱いを受けたウッソ少年の女性観が歪まないか、心から心配です。

(続く)

首都の夢は偽りなのか!?(怒)

年末恒例のふるさと納税のための作業にいそしんでいて、ふと「新首都予定地」のふるさと納税はどうなっているのだろうかと気になり、クリックしてみたのですが・・・ショックを受けました。

返礼品のラインナップに特に不満はありません。本来千屋、蒜山にも対抗し、凌駕する歴史を持つとさんじゅうろー先生から教示を受けたばかりの備中牛や、吉備高原の野菜、スイーツ、蕎麦等に異論があろうはずもありません。

しかし、寄付の目的として例示された事項に、私は深い失望を覚えずにはいられませんでした。

ア)やさしさと希望あふれる理想郷(ふるさと)づくりに関する事業

イ)快適で安全な理想郷(ふるさと)づくりに関する事業

ウ)豊かな心を育む理想郷(ふるさと)づくりに関する事業

エ)活力と魅力あふれる理想郷(ふるさと)づくりに関する事業

オ)夢を育む理想郷(ふるさと)づくりに関する事業

カ)いきいきと協働する理想郷(ふるさと)づくりに関する事業

キ)個別の指定事業

ク)ア)~キ)にご指定のない場合は、ア)~カ)の中で、町長がまちづくりの課題に応じてもっとも必要な事業の指定を行います。

・・・これでは第一目標が「理想郷(ふるさと)の建設」みたいではないですか!しかし、

「ふるさとを理想郷にしたい」

なんて、誰もが思うことのはず。何よりも、吉備中央町を他の市町村と区別する最大の要素である「(新)首都の建設」を思わせる単語が一切ないのです!これでは、そもそも吉備中央町が「ふるさと」というわけではない私のような人間は、吉備中央町にふるさと納税を差し出す理由がなくなってしまうではありませんか!

新首都移転がなった暁のインフラ整備費用はどうせイ)に含まれるのではないか、とか、自由記載のキ)があるので、その気になれば「新首都の建設費用」と記載すればいいのではないか、とか言われるのかもしれませんが、無指定=ク)によって町長が指定する事業に、新首都建設事業は含まれません。それではいけません。たとえ、結果的に同じ事業であったとしても、吉備中央町の首都移転の夢に賭ける町外在住者にとって、それは「理想郷(ふるさと)」ではなく「首都」建設のための事業なのですから・・・!

というわけで、吉備中央町に対し、ふるさと納税においても新首都建設の準備のための資金を必要とすることを明示し、夢のある資金集めを心がけていただきたいと、強く訴えかける所存です。

 

 

ガンダム世界における男女平等(前編)

昨日は、業界外の飲み会に出ていたのですが、そこの同世代の間でなぜか「ガンダム」の話題になりました。「ガンダム」というと、

「俺、ガンダムに詳しいんだ」

などと不用意な発言をしようものなら酷い目にあう危険な世界なのですが(参照・http://aozora-law.info/blog/?p=204)、その場にいたのは割と常人ばかりだったのか、

「俺は初代しか知らないんだ」

と言っている人が

「一番好きなモビルスーツはキュベレイ」

と言っても誰からもツッコまれない優しい世界でした。・・・それとも、法曹界がダメすぎる厳しい世界なのか?

というわけで、私はぼろを出さない程度にゆる~いツッコミや論評を愉しんだわけですが、そこでふと思ったのが、初期の冨野監督によるガンダム世界における敵陣営での独特の女性たちの地位です。

初代のラスボスは、その強烈すぎる個性からギレン・ザビと考えるのが通説であり、ストーリー構造からいっても、父の生存中から実質的にザビ家、そしてジオンを取り仕切っていた彼と考えるのが妥当でしょう。しかし、ザビ家の中で最後まで生き残り、そしてシャアに討たれることによって物語の事実上の終焉を告げる役割を果たしたのは、ギレンではなくキシリア・ザビでした。

次に、Zのラスボスは、文句なしの男性であるバプテマス・シロッコです。しかし、彼が掲げた「政策」は、男性的権力の否定であり、「女性による世界統治」でした。

勤労女性を単純に保護の対象とみなす「勤労婦人福祉法」から「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」、いわゆる「男女雇用機会均等法」へと変わったのが1986年4月1日ですが、初代の放映が1979年~80年、Zの放映が85~86年で、最終回の放映が同法施行の直前である86年2月22日だったことを考えると、この時冨野監督が、単なる「労働」という観点にとどまらず、「政治」の世界における男女平等の近未来像を示していたことは、彼の並々ならぬ着眼点と先進性を物語っています。

一般社会からすればそれだけでも十分先進的だった彼の女性観は、その次回作であるZZにおいて、女性キャラたるハマーン・カーンをラスボスに据えるという進化を遂げます。

ハマーン・カーンは、アクシズ及びネオ・ジオンの政治的指導者ですが、「ミネバ・ザビの摂政」という側面はあったにしても、政治的権力を支えるために男性の権威を一切必要としなかったという意味において、封建的体制の中で家長デギンや兄ギレンの陰に隠れた存在にすぎなかったキシリアや、男性でありながら「女性による世界統治」を掲げる倒錯的な権威者としてのシロッコの周囲に集まった女性たちとははっきりと一線を画する存在です。

Zでは「第三勢力」として登場した彼女ですが、ZZでは一貫して主人公ジュドー・アーシタと敵対する・・・というより、一パイロットに過ぎないジュドーとは違い、自らのカリスマと政治力によって政治勢力を統合する異次元の存在として描かれます。ついでに、モビルスーツ操縦技術も超一流なので、前線にも出ます。性格は冷酷にして苛烈、しかし人間性を完全に捨て去ることはできない微妙な描写も多く、まさかジュドーとの和解エンドも・・・などという危惧も捨てさせないままジュドーとの最後の一騎打ちに至りますが、最終的にはジュドーが差し伸べた手を取ることなく壮絶に敗死し、ラスボスとしての責務と格を全うします。彼女の死によって宇宙に平和と統一が訪れる・・・という立ち位置は、まさにラスボス。ちなみに、初登場時の年齢は20歳で、享年は22歳だそうです。どんだけバケモノなんだ、このJD年代は。

そんな彼女の圧倒的な存在感は、時を越えて現在のオタクたちからの崇敬も集めているようで、オタクたちが熱狂的に支持する二次元キャラを「様」づけで呼ぶ(「ハマーン様」)習慣の起源は、実は彼女ではないかと疑っていたりします。

労働現場に、50%どころか数値目標ですらない「同等の扱い」を求めることが「画期的」と言われていた時代において、なんら男性の権威を必要とすることなく自らのカリスマと政治力で宇宙の覇権を争う大勢力を主導する女性の政治的指導者を描いた点は、冨野由悠季監督の大きな功績と言わなければなりません。「ガンダム」と同じく宇宙を舞台とした戦争もの創作の名作である「銀河英雄伝説」(本伝1982~87)について、ジェンダー勢力の一部は「主要登場人物における女性の影が薄い」と批判しているのですが、当時の時代を考えれば、冨野監督の感性が異端すぎたと言うべきでしょう。

これだけでも十分凄い冨野監督のラスボス系男女平等論が、次回作ではさらに独特の発展を遂げてしまうわけですが、さすがに長くなったので、後日に回します。

インフルエンサー

笑六法の影響により、「餃子の○将」のクリスマス当日の売上がほんの少し増えたらしい。。。

全て遠き別荘地(ルビはミサキチョウ)

私の一族は、備前と備中には割と縁が深い土地が散在しているのですが、美作とはあまり縁がありません。しかし、先日訪問した亀甲駅がある美咲町とは、祖母が騙されて別荘地(という名目の山林)を購入し(てしまっ)たという悪縁が結ばれています。

美咲町とは、久米郡に属していた中央町、旭町、柵原町の3つの町が、平成17年3月に合併して新しくできた自治体で、笑六法家の「別荘地」は、このうち東側の柵原町にあるはずです。先日、仕事と聖地巡礼のついでに近くまで行ったものの、相変わらず正確な所在は不明のままでしたが。。。

もし血迷って「別荘地」に法律事務所を設立した場合、「営業していることに誰も気づいてもらえないまま資金がショートして事務所消滅」というエピソードが現実的に見えてきかねないわけですが、この「別荘地」を離れても、弁護士の営業的にはかなり難しい地域という印象です。人口でいえば、岡山県における平成の大合併後の町としては最大クラスの1万3000人強がいる美咲町ですが、町域は東西に長く、しかも旧3町の中心地は山で隔てられていて有機的な結合に困難が伴う立地です。そもそも当初模索された「久米郡」での合併なら、この3町に加えて旧久米町、久米南町の5町合併になったはずですが、

・久米町は津山市との合併を選ぶ

・久米南町も、「美咲町」という新町名が決まった後になって突然離脱し、単独町制を維持。

・中央町も久米郡と並行し、津山市(周辺地域)との合併を模索

・柵原町も久米郡と並行し、美作町(周辺地域)との合併を模索

という複雑な経緯があり、「久米郡」単位での経済圏は、おそらく確立していなかったと思われます。もし中央町が津山市、柵原町が美作町との合併に流れていた場合、一切よそへのわき目をふることなく久米郡合併にすべてを賭けていた旭町はどうなっていたんだろう・・・(つД`)

このような地域での法的サービスは、弁護士会の法律相談センター等を通じた提供が現実的と思われます。その意味で、美咲町に対して津山法律相談センターの無料券の発行でご協力いただいているのが現体制なのですが、前記の複雑な経過を鑑みると、津山圏での合併の可能性も模索していた旧中央町地域ならともかく、そこに名前が出てこなかった旧旭町地域、津山圏でなく美作圏での合併の可能性を模索していた旧柵原町地域はそれで十分なのかについては、一考の余地があるのかもしれません。・・・そこに至って、過疎化の一般的な問題点である、「サービスの提供を支えるだけのニーズを単独で維持しきれなくなる」という問題点に行き当たるのですが。。。

というわけで、亀甲駅に寄った後、旭町出身の岸田吟行によって考案されたとして、美咲町の名物とされるたまごかけごはんをかきこみながら、うちの「別荘地」の未来を考えるのでした。。。

無駄な努力

本日1名に対する死刑執行があったとのこと。まずは、残虐非道な事件によって亡くなった4名の被害者一家の冥福をお祈りします。

今回執行されたのは、2人の共犯者とともに、面識のない一家の家に金目当てで押し込み、40代の両親、11歳と8歳の子ども2人を皆殺しにして金品を奪ったという、「てめえの血は何色だ!」という言葉がよく似合う死刑囚で、判例上でも、法的ななんらかの酌量事由を認めてもらわない限り、死刑を免れない案件であることは間違いありません。

ところで、某総本山では、例によって早速抗議声明を出しているようです。公的組織でこんなに迅速に会長声明を出せるということからも、死刑執行を予測した予定稿があらかじめ存在し、そこに実際に執行された死刑囚の事件や属性を埋め込んで出しているのでしょう。・・・と思ったら、今回の執行ではその事件や属性すら埋め込まず、人数と日付、安倍内閣での通算執行人数だけ埋めれば、あとは誰の執行でも全文そのままで使えるような原稿になり果てています。手を抜きすぎです。もしかすると、自分たち以外は誰も真面目に読んでいないということに、今さらながらに気がついたのでしょうか。。。ならば、これを機に、主権者たる国民の大多数が望んでいない死刑廃止などという筋の悪い政治的主張をあきらめてくれたらいいのですが、なぜかそうしてはくれないのが残念でなりません。

詐欺的ではあっても詐欺ではない。

本日、弟子2号氏が事務所の電話でこんな会話をしていました。

「うちの事務所は今日で閉めますんで・・・」

それを聞いて、ついつい新人を

「ということらしいです。本当に短い間でしたが、ありがとうございました」

とからかってしまったところ、

「これは詐欺的です!退職金を要求します!」

とのことでした。

勤続期間半月に対する退職金なんて、本当にスズメの涙だと思われるのですが、本当にそれでよいのでしょうか。。。