花火大会中止・・・orz

今年は豪雨災害の影響で中止になったおかやま桃太郎祭り納涼花火大会ですが、早くも来年の中止が決まってしまいました。その中止のニュースと理由を聞いて、二重のショック。。。

2016年まで、某団体のボランティア要員として警備に駆り出されていた身としては、中止の理由が「警備を確保できない」と聞くと、くるものがあります。。。一昨年息子を連れて行ったら喜んでくれたのですが、まさかその一度限りになろうとは思いませんでした。

一時的要因ではない理由ですが、「一夜限り」の仕事のために550人の警備担当者を確保する、というのは、人手が足りない時代に難しいのかもしれません(「そうだ、最近は弁護士が余っているから(時給)1000円でも働いてくれる弁護士はいるはずだ(ピコーン)」とか言われたらどうしよう)。

このまま終了・・・ではない道が見つかればいいのですが。

ある追突事故の結末(ただし2分の1のみ)

私が今年遭ってしまった第2の交通事故(http://aozora-law.info/blog/?p=3759)について、示談成立の見通しです。

相手にとって不運なことに、休業損害のややこしい計算については第1の交通事故で作成した資料があったため、それをそのまま流用し、

「休業損害、入通院慰謝料の合計額は、本来100と言いたいところですが、示談段階であることを考慮し、80を提示します」

とお手紙を送ったところ、相手からの折り返しの電話は、

「80なら納得するとのことでしたが、資料を検討させていただいた結果、こちらができるところとして90で示談していただければと存じます」

というもので、最終的に75くらいでの示談も視野に入れていた私としては、前回とは逆の意味で(  Д )      ゚  ゚ となり、

「では、納得して示談させていただきます!」

と即答せざるを得ませんでした。むしろ、「100」という当初設定値、「75くらい」という落としどころの片方ないし両方を自分が読み違えていたのかという疑念にとらわれたくらいです。

願わくば、同じ資料を見てなお100の提示額に対して半分前後の数字に固執したあげく、休業損害を初日以外ゼロ査定することによって、単に損得・金勘定の戦いだったものを「誇りを・・・守るための戦い」に変容させ、100:0の事故で弁護士費用や損害金までまな板に載せられることになってしまったどこぞの幸四郎損保に煎じて飲ませる爪の垢をぜひ分けていただきたいものです。そして、来たるべき第1の交通事故裁判で幸四郎損保を殲滅した後に、

「・・・奴らが下水の汚泥とすれば、第2の事故で示談したあの損保はまさに新雪だったな。」

などと語ってみたいものです。

巴里は燃えているか

フランスの燃料税値上げが契機となった反政府デモは、なぜか凱旋門の文化財が損傷させられたり、シャンゼリゼ通りの商店が焼き打ちされたりともはや暴動の域に達し、装甲車の導入が決定されたとのこと。

増税反対の反政府デモなら政府機関に対してやるべきところ、なぜ文化財や商店が狙われるのかというつながりは全く謎ですが、わずか1年半前に新進政党「共和国前進」を率い、「右でも左でもない、前へ!」と叫んで大統領選を制したマクロン大統領の支持率は今や23%まで落ちています。

一般的な報道のように単なる「燃料税の値上げに端を発し」では本質を見失い、先に100万ユーロ以上の資産を持つ富裕層の資産に課税する「富裕税」を廃止し、その財源を貧困層も含めた全国民に影響する燃料税に求めた・・・というところまで説明してはじめて問題の本質が浮き上がってくる気がします。マクロンは、確かに右派のためでも左派のためでもなかったものの、富裕層のための政策を露骨に推進したわけです。高水準の失業率に苦しむ国民の怒りが爆発する伏線はあったと言わざるを得ません。マクロンが富裕層の代弁者だなんて、今さら気づいたのかよwwwというツッコミがなくもありませんが。

マクロンの属性を並べてみると、若い、ハンサム、エリート、弁舌(だけ)さわやか、実業界の強い支持・・・など、ついつい某民主政治の宿り木さんを連想してしまいます。果たして彼がこれから妖怪じみた政治力を発揮して政治的基盤の強化になぜか成功してしまうのか、それとも真の危機に直面してポンコツになるのか、どっちにしろ宿り木さんではありますが、やじ馬の興味は尽きません。

わしの眼は10年先が見える・・・といいなあ

世界市場で一定の地位を築いた後、中高価格帯への移行に成功した分野では生き残る一方で、低価格帯での安売り競争しかできなかった分野ではやがて台頭してきた中韓その他に逆転され、衰亡していった日本の様々な業界を見るにつけても、弁護士業界でも似たような現象が起こるのではないか・・・否、まさに起こっているのではないかと戦々恐々。

単純な安売り競争ではやがて滅び去るのみ、と分かっている人は少なくないと思いますが、だからといって、それに頼らず生きていけるジャンルないしビジョンが見えている人は、とても少ないのが現実です。

10年先の未来が見える少数になれればいいのですが、そんな能力などあるはずもない私としては、希望がありそうなジャンル、ビジョンはとにかく同時並行で可能性を追求しながら、いつか当たりを引く日を待つしかありません。・・・まるでファジアーノの外国人獲得の如し。

真実はいつもひとつ。

法律相談のために訪れた岡山市内の某所で、岡山市ではない〇〇市に事務所を構える某弁護士と遭遇しました。

「儲かって儲かって仕方がないという噂の某先生ではございませぬか。さては、儲かりすぎてこのビルの空き部屋に支店でも出そうと視察に来たのですかな」

と尋ねると、

「うちがここに支店を出すと、〇〇市の名前が入った法律事務所なのに岡山支店なんて訳が分かんないことになる」

と謎の言い訳を始めました。地名が入った商号に別の地名の支店名がかぶさるなんて珍しいことでもなんでもなく、「東〇海上岡山支店」とかはうちの業界的にかなり頻繁に出てくるし、「大阪〇将」なんて岡山各地にあります。それぞれの店名がどうなっているのかは知りませんが、市内中心部で複数の店舗を見かける「クラブ六〇木」なんか、どうなるのか。。。

大切なのはそんな部分ではなく、「儲かって儲かって仕方がない」という部分には何ら否定も反論もなかったということでしょう。天網恢恢、疎にして漏らさず。真実はいつもひとつ。

耽美派の心得

ゼミ・院生時代、私の周辺には謎の派閥が多数存在していたことは、実は以前にも触れています。

http://aozora-law.info/blog/?p=2840

このたび、私の後輩たるなんたら教授は、約20年前の院生時代の私を「耽美派」と認識していたことが明らかになりました。先輩たちの分布をみる限り、「武断派」「文治派」が大勢力で、特にT先生の指名によるTAとして学部に顔を出す院生は、学究肌の「文治派」色が強かったはずなのですが、なぜゆえに私だけが「耽美派」なのでしょうか。

ちなみに、「耽美派」の意味をネットで調べてみると、「耽美主義=道徳功利性を廃して美の享受に最高の価値を置く西欧の芸術思潮を奉じる一派」とのことです。つまり、「正しいか、間違っているか」「善か、悪か」といった道徳功利性は無視して、ただそれが美しいかどうかによってその価値を判断するのが「耽美派」・・・ということのようです。

私が院生時代から美人を奉じたがっていた事実は認めますが、果たして私が無視していた「道徳功利性」とはなんだったのでしょうか。

某ビッグベアー大学法学部最大級法律系オールラウンドサークル某法会に流出した、女性メンバーたちによる極秘アンケート結果で「もてない男」3位にランクされた男(http://aozora-law.info/blog/?p=687)が、法学部一の美人(キッパリ)を奉じたいという秩序感覚とか、いちおう学部生からは大きな権威を持っていると誤信されがちなTAたるものが、異性の学部生に関心を抱く行為はアカハラにつながりかねないのではないかとか、いろいろ思い当たる節がなくもないのは悲しいところですが、幸い、私の危険性は「主観的危険」にとどまっており(byなんたら教授)、客観的には不能犯にとどまっていたと考えられるし、何よりそのことをあまり深く考えていると死にたくなるので、考えることをやめることにしました。

 

長期勾留の悪夢

最近マスコミを賑わわせない日はない日産、ゴーン元会長のニュースですが、案の定20日間で捜査が終了するはずもなく、再逮捕でさらに身柄勾留を長期化させる模様。

私の日本自動車メーカーへのイメージとして、なんだかんだでないと困るトヨタグループ、貧乏人(=私)の味方スズキ、私にはよく分からんが車好きが買い支えているらしいホンダ、マツダ、スバル・・・と挙げていくと、一番印象が薄いメーカーとして残る日産&三菱のトラブルだけに、対岸の火事を決め込んでいますが、世界的な有名人だけに、日本の長期拘束に対する外国の目がどうなるかは、気になるところだったりします。

ちなみに、私がこれまで経験した中で一番ひどい長期勾留として、振り込め詐欺の基地に使われた部屋を借りていた(その後、又貸しした相手が犯行グループだったと思われる)ため、詐欺の共犯と疑われた被疑者です。当初逮捕事案である某単純所持(自白)は10日間で起訴されたのですが、その後、振り込め詐欺の別々の実行行為についても「共犯」として計4度の逮捕→各20日間勾留が繰り返されたものの、自白も取れず、共謀を示す証拠も取れずで、結局全部不起訴・・・という例があります。

後半の逮捕・勾留は他県警によるもので、身柄も移送されて国選弁護人もあちらでついたため、特に問題が大きくなってから彼が帰ってくるまでの間、弁護人としての行動はあまりできなかったのが残念でした。

裁判は結局自白していた某単純所持事案についての執行猶予判決だけで、裁判所もさすがに酷いと思ったのでしょう、執行猶予の場合は通常算入されない勾留日数が、この事件では算入されていたと思いますが、それにしてもひどい捜査でした。

 

真・冬バラ園の勅令

マッド・チワワ副会長殿が私を見かけてにやにやしながら

「土曜日はなかなか楽しかったですね」

と話しかけてきました。最近割と私にいたぶられっぱなしだったので、思わぬ私の天敵?登場で溜飲を下げた模様。くちをしや。。。

ちなみに、なんたら教授殿は、岡山の若手弁護士どものようにポジショントークで私をsageまくるわけではなく、ゼミ中にスズメバチが迷い込み、他の学生や先生が大騒ぎになる中、私は落ち着き払ったまま、六法でそのスズメバチを確実に殺害した・・・などという、私自身が忘れていた(というより、いまだに思い出せない)ageエピソードもしゃべっているだけに(その動機が「美人学生にいいところを見せたかっただけに違いない」という推測がまたもっともらしい)、そんな彼が明かしたいくつかの私に関するsageエピソードも、一見すると信用できてしまいそうなのが、始末に負えないのです。

そんな教授殿の乱入によって、一番困ったのが、従来から私が主張していた、「若いころの私は、今の羽生結弦に似ていた」説です。これまで、このエピソードは、弁護士会の人々からは寝言として一顧だにされていなかった感がありましたが、当時の私を知る教授殿は、それを否定することなく、むしろ「我が意を得たり!」という表情を浮かべながら、

「だからこそ、昔の2倍くらいに『膨らんだ』今の笑六法氏が、本当に同一人物なのかどうか、最初自信がなかったんです」

という証言をされました。通常、男性を「美男」と認めるハードルが最も高いのは、同世代の男性と思われますが、元来もっとも認められにくい相手から美男だったと認められたことにより、なぜか私の株は、正面から否定されるよりむしろ落ちた感をひしひしと痛感させられました。

これとよく似た構図をどこかで見たことがあると思っていたら、ズバリ、あれでした。

「自由惑星同盟はその名称を掲げるべき実質を失い、完全なる滅亡をとげた。本日より人類社会を正当に統治する政体は唯一、銀河帝国のみである。同時に、過去の歴史において、不名誉なる叛乱軍の名称のもとに抹殺されてきた自由惑星同盟の存在は、これを公認する・・・」

羽生結弦似の美男としての私は、名実ともに消滅し去った後、はじめて認められたのです。あくまで過去の存在として・・・。それは、屍衣をかざる虚妄の花束でありました。まさか、現実社会にて「冬バラ園の勅令」に直面することになるとは、夢にも思いませんでした。

私が駆け抜けた幸せな時代

氷河期世代の受難記事を読むたびに、人生を一歩間違えていればどうなっていたのかという戦慄に襲われる私は、昭和51(1976)年生まれです。

wikipediaによると、日本の就職氷河期とは1993-2005、2010-2013ということになっていますが、諸指標を見る限り、私が大学を卒業した1999年を挟んだ数年間が最悪水準ということに疑問の余地はありません。確かに私が大学生活を送った時期の後半は、「全採用見送り」やら、業績悪化による内定取り消しやらが、まともな教養を有する日本人なら知らぬ者のない一流企業で、続々と起こっていました。そんな時代は、同じ「就職氷河期」と言われる時代でも、全く記憶にありません。

とはいえ、当時から司法試験一本だった私は、一般的な就職活動をすることもなく、いわゆる「卒1合格」で司法修習(第54期)から弁護士業界へと身を投じたわけですが、弁護士の世界では、司法試験合格者の政策的な増加策(の失敗)により、その数年後から「就職氷河期」が顕在化していきます。

さらに、私が4年間という十分なイソ弁生活を送り、一定の貯金と準備のもとに独立した時期は、規模や資本、あるいは特殊な客筋・人脈がなくとも、ただその問題意識と意欲を持つ者に事件が舞い降りるという、弁護士史上にいくつか数えられるいくつかのバブルの中でも空前にしておそらく絶後となるであろう、極めて特異な「過払いバブル」現象の前夜でありました。

就職氷河期に大企業や大手法律事務所で内定を獲得できるコミュニケーション能力などカケラもなかった私(そうした能力の欠如は、超売り手市場だった弁護士登録時、「歴史上、面接して不採用にしたのは笑六法ただ1人」疑惑がある、今はなき某事務所から不採用となった事実からも裏付けられます)が、自分自身の戦略や戦術とは無関係のまま、まったくの「最適解」を駆け抜けることができた結果となりました。学部卒で一般就職を志したり、司法試験で数年足踏みをしたりした同年生まれと比較した場合、実に幸運に恵まれていると言われても仕方のない御身分です。

20年後、後輩であるなんたら教授にいじめられる不運によってこの幸運と釣り合いが取れたとすれば、実に安いものだと思うことにしました。

 

「俺には華がある!」

本日は日弁連、中弁連、岡弁共催の「第5回可視化実践経験交流会」がスクエアホールで開催されました。

この交流会の準備段階では、なぜか私も若干関与しており、

「パネリストの学者、誰か心当たりない?」

「岡大の刑訴系の先生に頼めば?」

「なんたら教授ですかね。でも、ルートないっす」

「・・・あれ?これ、研究室の後輩じゃね?」

「・・・じゃ、声掛けお願いします♪なんか他のセンセイが別の会でお声掛けした時はつれなく断られたっていう噂も聞きますけど、ほんとかどうかわからないし、笑六法先生ならきっと大丈夫ですよね♪」

「・・・・・・」

というわけで、ビッグベアー大学の某研究室修士1年だった時、学部ゼミのTAのアルバイトで指導をお手伝いした際に学部3年生だったなんたら教授へのお声がけを担当したところ、きっと私の人徳のおかげでしょう。パネリストとしての御出席をご快諾頂き、無事その会を終えることができたのですが・・・その後の懇親会で、なんたら教授の口から、私の修士時代の様々なエピソードがばらされ、なかなかの大惨事に。

・修士1年生から毎年1人、学部生を指導するTAのアルバイトを担当するが、私は(司法試験受験生でありながら)当時ゼミにいた美人学部生めあてでしっぽを振って受諾した(この話を聞いて、「笑六法さんって、20年間キャラがぶれてねえwww」と漏らしたのが誰だったか確認できなかったのが実に残念)

・私は主に男の学部生たちに対し、「自分には、華がある!その華とは、『中華』の華である!」と主張していた。

・私が美人学部生を狙っていたことは学部生どもにとって公然の秘密だったが、その危険度はというと、あくまでも「主観的危険」にとどまっていた(・・・・・・orz)

私のたぶん相当に誇張された黒歴史の暴露は、なぜかこの話が心の琴線に触れたらしい純愛同盟中堅をはじめとするフラレタリアート委員会の実動メンバーたちの間で、弁護士登録以降一貫した自虐系キャラを通して確立してきたはずの私のブランドイメージ?を大きく損なっているようです。

生粋のフラレタリアートでありながら、「司法試験に合格すれば、(たぶん)法学部一の美人となんとかなるかもしれない」という、自信のなさの裏返しのファンタジーでしか心を支えることができなかった若き日の悲しき強がりが、まさか20年後にこのような形で自分に返ってくるとは思いませんでした。なんたら教授をこの交流会に引き込んだ過ちと罪業の重みをかみしめずにはいられません。