西粟倉村に行ってきました。

今日は毎年恒例、法律事務所不存在市町村での無料相談の一角として、西粟倉村へ行ってきました。

西粟倉村は、岡山県の一番右上・・・じゃなく、北東に位置する、人口約1400人の自治体で、2010年の広島ドラフト1位で、現在は楽天に在籍する福井優也投手の出身地でもあります。ただ、岡山市の弁護士目線だと、おそらく最も行きにくく、片道2時間強かかります。岡山県内で人口が少ない方から2番目の自治体だけに、

「往復4時間かかって、相談ゼロだったらどうしよう・・・」

と心配していたのですが、ふたを開けてみると、4件の相談が。担当弁護士は私1人だったので、十分な数字です。「村民350人に1人が相談」を人口約70万人の岡山市に当てはめると、1日で2000人の方に相談に来ていただいたに等しいのです!西粟倉村役場の皆様、村民の皆様に、深く感謝申し上げます。

ちなみに、相談前の昼食のために、道の駅あわくらんどに立ち寄ったのですが、かなり盛況でレストランは満席のため入れない状態。最近基本的にろくなことをしない某総本山ですが、先日発表した

「平成の大合併のその後を検証すると、小規模な自治体の場合、合併自治体より非合併自治体の方が人口や経済の衰退は緩やか」

という調査には、珍しく有益な行動として、ひそかに注目してたりします。西粟倉村のこれからにも、十分なる幸の有りますことを。

呪われるべき、後輩

本当は、今日は自重するはずだったんです。。。いろいろな要素があったので。

女神様が久しぶりに二次会に来てくださるはずだったのに、風邪?でお休みだったとか。女神様の病欠を知ってとぼとぼと歩いている途中、某裁判官と遭遇した結果、修習生どもの影響によって裁判所がこのブログを監視対象にしていることが確定したこととか。倖せとともに臨むはずだった二次会にいたのは、奈落の底の絶望派委員長とかフラセタリアート道鏡とかの男しかいなくて、一瞬夢を見た後に奪われた絶望状態だったとか。ハイな気持ちになる要素は皆無だったんです。

でも。。。

そのすべてを併せ考えても、この世にこれほどの悪がいるなんて、信じられないんです。。。

官房長官の謀略を暴いた時にはそこまでの意識はなかったんですが、本当に悪辣な計略というものは、「見破られない」ものではありません。「見破ったとしても、どうにもならない」ものこそが、最悪なんです。彼の密告によって伝えられたある男の悪行の全貌?が、奈落の底の絶望派への厳しい尋問によって真実の灯に照らされるにつれ、私はこの世に絶対の悪が存することを、大脳ではなく、脊髄レベルで理解しました。私が巡り会ってしまった真の巨悪の前では、「見破っても他の選択肢を採りえない」謀略に私を陥れた官房長官の悪徳すら、「気に入らないあうでーにこっそりお〇っこをかける」程度の悪にすぎません。

ここ最近の私は、息子が寝ると、こっそりそのタブレットを持ち出し、こっそりDLしたスマホゲーを楽しんでいました。その創作世界において、「後輩」とは、世界の美しさの98.3%を体現する存在でした。先週の土日といえば、ちょうどそのゲームが佳境を迎えており、

「-最後に一度ぐらいは、先輩のお役に、立ちたかった」

というあのシーンに血の涙を流していたのです。そして、無意識のうちに、思っていました。現実の後輩がこんなことを言ってくれることはないにしても、後輩という概念は、きっと私が思っていたよりはきっとマシなものだろう、と。。。

現実は、限りなく私に過酷でした。この世の絶対法則は、等価交換。素晴らしい後輩(二次元)によって感動した後に来るのは、悪の化身な後輩(三次元)による煉獄以外ではありえなかったのです。思えば、後輩とはいえ、逆さにすれば「ダセーワ」に基づく関係であるあの男に、私は何を期待していたのでしょうか。

あの男は、「民○の若竹」などではありません。奴の悪は、かつて天下に悪名を馳せ、母校の評判を地に貶めたアレ、まさに「スー×ーフリー」級と言わざるを得ません。

というわけで、「スー×リの若竹」は、私の中で必ずや十七分割するべき仇敵と認定されました。奈落の底やらデ○マスクやらも微妙に共犯な気もしますが、まず討つべきは巨悪です。

笑六法は、スー×リの撲滅と殲滅をここに誓います。

官房長官の陰謀

今日は弁護士会関係の飲み会でしたが、私によからぬことをささやいてくる影がひとつ。

「女神さまが昨日どこへいらっしゃったかご存知ですか・・・?」

「女神さまは、ある者の計らいによって、姫路である男と二人きりですごしたらしいですぞ。ほれ、証拠の写真がここに・・・」

女神さまと二人きりの時を過ごしたという輩、さらにそれをセッティングしたという賊が許し難いのは当然の前提ですが、それを私にささやく男、官房長官殿は、果たして何を狙っているのでしょうか。

現実の政治体制においては、もともとはさほど評価が高くなかったはずの総理を操り支えて憲政史上最長在任を達成させ、自らも政敵たちを追い落とし、葬りながら己が権力を高める敏腕官房長官がいるようですが、私に対して前記のような情報をささやき、彼らを討たせることによって二虎競食の計にかけることで自らの政治権力を高めようとする存在が、地方弁護士会にもいるなんて、いかにも恐ろしいことではありませんか。

官房長官・・・岡弁政界の中枢(やみ)にいる兄貴分の後を追って政界に飛び込み、悪意と野望が渦巻く中で、政敵同士の抗争をあおることで自らの権力基盤を固めていずれは君臨せんとするその陰謀には、愕然とするばかり。むろん、贖いえぬ罪を犯した民〇の若竹(タケノコよりは格上)、奈落の底の絶望派が葬られるべきことは当然としても、それは正当な人誅の結果でなければならず、官房長官の権勢を強めるだけに終わる結果であってはなりません。本当に厄介な敵は、えてして見えないところにいるのです。

日本国民たる競馬ファンの苦悩

高円宮家三女に男児出生・・・という記事で、「いい方のケイくんと結婚した方か」というネットの反応に、思わず吹き出してしまいました。ちなみに、このお子さんは「女系男子」になるため、現行の順位に従う限り、皇位継承には無関係・・・ということになるはずなのに、いちいち速報を出されてしまうあたり、やんごとなき方たちも気の毒なことです。

ちなみに、皇位継承について、一般国民にはいっこうに浸透しない「男系」「女系」の違いですが、競馬ファン的には

「BMS(ブルードメアサイヤー)の系統を公的な継承として扱うか否か」

といえば、一発で理解できるような気がします。世界的にも異端に属するバイアリーターク系の末裔であり、我が国においてはまさに至宝であったメジロアサマ・ティターン・マックイーンの天皇賞三代制覇の系譜がほぼ断絶したこと(皇帝・帝王の系譜も・・・)に痛哭の血涙を流す(私を含めた)競馬ファンは少なくないはずですが、果たして彼らが

「メジロアサマの系譜は、オルフェーブル(等)によって継承されている!」

と言われて満足するかどうか・・・を考えると、これは一筋縄ではいきそうにありません。

日高の思い出

5年前に高潮で線路が壊滅的被害を受けて以来、不通になっているJR日高本線の鵡川以東について、沿線の町長がついに廃止容認の結論を出したとのこと。乗客数が凄まじく低迷する中、経営難のJR北海道に復旧の意思がないだけでなく、北海道や沿線自治体も金の話は一切聞く耳を持たないまま、不通状態だけが既成事実化していく状況で分かり切っていたことですが、日高を愛する一市民としては、切ないものを感じます。

以前にも触れたことがありますが、日高の地はサラブレッドの聖地であり、私にとっても思い出深い地です。司法試験受験時代、ある同郷の友人との間で、「岡山ニコニコ法律事務所」を設立し、先に合格した方が岡山で基盤を固め、後で合格した方は「日高支所」を設立する・・・という密約がありました。2人とも当時運転免許を持っていなかったのに、そんなものが実現していたらどうなるんだというツッコミは認めますが、幸か不幸か私は司法試験に合格したものの、彼は合格しないまま、最終的に司法試験を断念したため、「岡山ニコニコ法律事務所日高支所」は幻に終わったのです。

切なさのあまり、昔の写真を整理していたら、こんなものが出てきました。

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今は亡き、おそらくはその血統自体も途絶えてしまったであろう日本ダービー馬とのツーショット写真です。若かったなあ・・・(つД`)

 

テニスの帝王様③

当時、まだ若かった私の運動量は他を圧しており、さらに型にとらわれず、体勢を崩しても返す、ラケットを右から左に持ちかえて返す、といったパターンはありましたが、それだけでは到底不十分です。

私がそれ以前に読んでいた「青が散る」(宮本輝)という小説に、登場人物たちがテニスについて、こんなことを言っていました。

「一流になるには、変則的なテニスでは限界があるけど、オーソドックスな素直なテニスでは逆に三流の壁がなかなか越えられへん」

「二流の上は、一流の下より強いんや」

・・・私が行く道は、決まり切っています!三流の上です!

というわけで、やがて私が見出した活路が、シングルスはあまり活発ではなく、ダブルス中心の岡山法曹テニスの特徴を生かした、前衛特化プレーヤーへの進化でした。

自分が前衛の番なら、打ち合いは後衛に任せ、自分はネットぎりぎりに張り付いて一撃必殺を狙う。自分が後衛の番でも、相手からのボールが中途半端なところに来るのを狙って一気に前に出て返す際、前衛に後衛との入れ替えを強要する。その代わり、決めるべきものを決めるのはもちろんですが、常識的には後衛に任せるようなボールを飛び上がって撃墜したり、返す方向を微調整して弱者に集中したりして、ただポイントと勝利だけを狙って修羅のごとく一点突破を図る・・・というのが、私のプレースタイルでした。

岡山の大会は、だいたい実力ごとに「Aクラス」から「Cクラス」に分かれており、私は当然のごとく実力的には最低である「Cクラス」の住人なのですが、私に限らず、Cクラスの人間は下手だからCクラスにいるわけで、まともなテニスすら、うまくやることができません。まして、私以外で見たことがない「テニスらしきもの」に対応できるわけがないのです。

こうして、岡山のCクラスにひとつの「時代」がやってきました。私の最大の餌食になったのは、岡山修習で初めてラケットを握り、素直な心をもって先輩たちから王道テニスの教えを受けてきた修習生たちです。幾人もの修習生たちが、私の変則プレーに対して教わりたて、かじりかけの王道テニスで挑んできては、屍の山を築いていきました。

・「Kテニス会長やFコミッショナーのテニスで笑六法先生に勝ちます!」と宣言した修習生に対し、「で、私に対しては何連敗?4連敗だっけ?www(本当はまだ3連敗)」などと煽って過剰に意識させ、ミスショットを誘った結果、彼は対笑六法6連敗のまま岡山を去っていった

・私がコートのど真ん中に突っ立ち、「俺はラケットが届くと思う範囲しか、動かない!」と宣言することで過剰に意識させた結果、修習生が返すリターンは全部ネットかアウトか、それともコートのど真ん中に吸い込まれて私の絶好球かで、ほぼストレート勝ち

・珍しくシングルスで対戦した際、シングルスなのにネットにべた付きして「さー、打ってこーい!」と挑発した結果、過剰に意識した修習生が返すリターンは全部(以下略)

こんなテニスで修習生たちの王道テニスをあざ笑い続けた結果、長老たちの私に対する視線がどうなったかは、言うまでもありません。

 

 

 

 

友愛主義

某地の法律相談の会場。

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数か月前のある弁護士との会話によれば、彼は

「これを『ゆうあいるーむ』と読むのは素人!」

と主張するのだろうか、とひとりニヤニヤしました。。。

謎の外国車

当事務所の駐車場に、休日のたびに無断駐車している車の存在に気がつきました。単発の無断駐車位なら特に気にしない私ですが、どうも止まっているのは毎週同じ車のようで、しかもその車のエンブレムは、見たこともない外国車です。少なくとも、うちの所属弁護士と女神様の愛車ではありません。

これが私の車より安い車なら可愛げがあり、日本に正規代理店がたぶん存在しない?タタ・モータースあたりから煩雑な手続きを経て買ってきた車だというのであれば、その心意気に呵々大笑して済ませる度量を持つ私ですが、その車は、普通にただの?趣味的高級車。どう厳しく見積もっても、値段は私の車の倍・・・でも足りない高いヤツです。車には金を出すが、駐車場代は無断駐車で浮かせる・・・というのは、なんとも。。。

この話をある弁護士にしたところ、彼の見立てでは、

「犯人は、岡山の弁護士の疑いが濃厚」

とのこと。そのへんに停めるのであれば、同じ駐車場のどこでもよさそうなものなのに、あえて私の事務所の駐車場ばかりに停めるというのは、並んでいる事務所名を見比べて、

「もしばれた時に、『偽りの血族』先生なら怒られる。先生によっては・・・(聞取不能)れる。その点、笑六法先生なら笑六法に書かれるくらいで済みそうだと思うのは、岡山の弁護士の発想にほかなりませんね」

とのこと。なるほど、それは気づかなかった!

というわけで、こんなおいしいネタを黙って見過ごす私ではありません。ご期待に応え、ここに書くことにします。これによって万が一無断駐車がなくなったとしたら、見立てた弁護士のことを名探偵と称賛するにやぶさかではありません。

テニスの帝王様 ②

私の司法修習生活は、岡山ではなく松山でした。しかも、この年度の岡山修習の8人は誰一人岡山に残らず、登録したのは私と、やはり他県で修習したI先生のふたりだけ。この事実は、私(とI先生)が、登録後しばらくの間、岡山の弁護士たちの現実をほとんど知ることができなかったことを意味します。

私がある弁護士から

「岡山の新人弁護士は、必ずテニスをしなければならない」

と言われ、テニスに顔を出したところ、「必ずテニスをしなければならない」はずなのに、私の直近数年の弁護士は誰もメンバーにおらず、一番期が浅いのは、私を欺いた弁護士であることが明らかになりました。要するに、自分が何年経っても下働きを卒業できないのがいやになったため、何も知らない私をいけにえにすることにしたのでしょう。

私のテニス経験は、ゼロ・・・では、実はなかったものの、限りなくそれに近いものでした。中学の時、私は普通に帰宅部だったわけですが、3年生になるとき、何が起こったのか分からないうちに

「帰宅部は何か部に入るべし」

ということになってしまい、どこに入るか考えあぐねた私は、

「『初代女神様』はラケット使いがうまい」

みたいな話を聞いたことがあったため、きっとテニス部だろうと思って軟式テニス部(硬式は存在せず)に入ったところ、彼女はラケット使いはラケット使いでも、卓球部だった・・・ということで(この時点で既に半年間生徒会活動をともにしていたにもかかわらず、彼女の部活すら正確に知らず、しかもそのような状態のくせにそのような行動に出たことへのツッコミを禁ず)、3年生が部活を卒業する夏休みころまでの数か月だけ、ラケットを握ったこともない3年生の新入部員として(聞くからに迷惑な存在・・・)軟式テニス部に所属したというのが、私のテニス経験のすべてだったのです。

しかも、岡山の法曹テニス界は、

「醜い勝利よりも美しい敗戦」

を尊ぶ伝統。基本の「型」の時点で「未経験のくせに軟式じみている」(前記のテニス経験は完全に隠匿していたのに、それを見抜いたFコミッショナーはさすが)私は徹底した矯正と指導の対象となったのですが、なにせ私の運動能力というと、小学校6年間の通知表(三重丸~一重丸の三段階評価)で、体育以外はすべて三重丸、体育は二重丸か一重丸だけという徹底した運動音痴(省略禁止)であったため、正道テニスについていけるわけがありません。

やがて私は、

「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」

という、岡山の法曹テニスの伝統とはかけ離れた、独自にして正反対の境地へと足を踏み込んでいきます。

テニスの帝王様 ①

法曹界はテニスが盛んであるということ、岡山はその中でも聖地クラスであることは、知る人ぞ知る事実ですが、その岡山・・・否、姫路・広島周辺を中心とした西日本の法曹テニス界において、私が一時代を築いた存在であることは、部外者にはほとんど知られていません。

毎年年1回、なぜか必ず岡山で開催される「西日本法曹テニス大会」は、関ヶ原以西の法曹テニスプレイヤーにとっての最大イベントなのですが、なんと私はその由緒ある大会において3回の「優勝」(及び1回の準優勝、1回のコンソレ優勝)を誇るという、真正の実績を持っているのです!

ちなみに、この大会はダブルスのみで行われるため、強者のパートナーになった場合、自分が弱くても強いパートナーの余禄にあずかることもありえますが、私の3回の優勝はすべて別のパートナーと組んでのものなので、そうした紛れもありません。

そうした実績が評価された結果として、この世界での私に捧げられた通り名は、「帝王」。何かを略したらたまたまそうなる(例・帝塚山の「王将」が行きつけの笑六法、の略称)とか、「帝」の前にものすごく小さいフォントの別文字が隠れているとかのトラップは一切なく、ただ「帝王」といえば、西日本法曹テニス界における私のことを指した時期が、確かにあったのです。

・・・しかし、「西日本法曹テニス大会の覇者」というと、その後、同様に東日本で行われている東日本法曹テニス大会の覇者との間で、「東西対抗戦」を行うというイメージが強い反面、私が関ヶ原を越え、その勇名を東日本に轟かせたというエピソードは、一切ありません。

関ヶ原以西で「帝王」と畏れられながら、東の世界には一切その名を知られることがなかった法曹テニス界における「幻の帝王」・笑六法とは、どのようなプレイヤーだったのでしょうか。。。