討たれるべき男

たすっぴプロモーション社長が三次元に覚醒?!いや、たすっぴはもともと三次元か。それにしても、アレはうらやまけしからん。討たれるべきだ。

 

厨弐病患者の黒歴史

実家の物置にて黒歴史に遭遇。

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ネット業界的な「黒歴史」の代表例とされる、中学生時代の文集で採用されてしまったポエムなど、私自身で触れる必要自体どこにもないのですが、普通他人に知られたくないスキャンダラスな過去をむしろネタとして公開することによって致命的な打撃を避けるという私自身のあり方をより確固たるものとし、それに耐えるだけの精神的強さを手に入れるべく、相当の心理的葛藤と物理的悶絶を経て、公開することにしました(挿絵は私ではありません)。

同学年の生徒会長にして現在は同業者となっている某氏とはかなり違ったベクトルの厨弐病患者(1年時だけど)だったことが垣間見えます。

 

小説「人間の証明」(森村誠一)

健さんの影響で映画「野性の証明」を見た私ですが、本来の守備範囲は、健さんより原作者の森村誠一の方だったりします。

「野性の証明」の原作もなかなか凄い本だった記憶はあるのですが、具体的な筋立てはかなり忘れてしまいました。この点、彼の代表作である「人間の証明」は、あまりにも鮮烈すぎて、ストーリーの中核部分を今なおはっきりと思い出せてしまいます。

(以下、「人間の証明」のネタバレあり)

 

 

西条八十の詩にかけた麦わら帽子の光景は、森村誠一の力か西条八十の力かはともかく、勝手に脳内映像として再生可能。

占領下で米兵に乱暴されかけた女性を助けに入った父親が逆にリンチに遭い、群衆に「だれか、お父さんをたすけて」と助けを求めるも、助けを求められた群衆はもちろん、助けられた女性すらそのまま姿を消し、父親は死亡というシーンは、トラウマです。

そして、「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね」から明らかになる真実。この物語の最も重要なテーマは「母と子」ですが、物語中で対比される関係にある2人の「息子」の皮肉さには慄然。

そして、最後に明らかになった、物語の冒頭でいきなり死亡した黒人青年の真情を知ってなお泣かざる者は、人に非ず。。。

「人間の証明」というタイトルは、一見すると作者から提示された「救い」のはずなのですが、冷静に考えてみると、主要登場人物は、実際には誰も救われていないような気がするダークさが堪えられません。

大作でもあり、また古い作品でもあるので文体や時代の違いからくるとっつきの悪さはあるかもしれませんが、今なお読み返したくなる名作です。

歴史は夜つくられる

「歴史は夜つくられる」という格言がありますが、先日出席した会で、まさにその瞬間かも?という光景を目撃しました。

下っ端の悲しさで、その内容が本当に歴史になるのかどうかを確認できるのはかなり先になるのですが、その場にいた人々の身元や状況、話の流れや内容から、それはかなりの確率で実現すると断言できます。

無責任世代の中でもよりにもよって私や変〇紳士先生が賑やかしているその場で、そんなネタが決まっていること自体、某団体の深遠さを物語っている・・・のかもしれません。

映画「野性の証明」(1978)

先週の成羽美術館での高倉健追悼展示に触発され、健さん主演の映画「野性の証明」(1978)を見ました。

映画は初見で、森村誠一の原作は若い頃に読んでいるものの、細かい筋立ては忘れていたので、ほぼ白紙の状態から見ることができたのですが・・・

「こ れ が 昭 和 の 超 大 作 か !wwww」

と、カルチャーショックで何度も腸がちぎれそうになりました。

・「レンジャーッ!」と絶叫しながら川へ飛び込み、銃剣突撃を行い、泥の中を匍匐前進する(上には鉄条網が張ってある)自衛隊の訓練風景。

・行方不明の遺体はやくざによって堤防に埋められたとにらんだ健さんと美人新聞記者が堤防をスコップで掘ってみたところ、案の定、一発で見つかる遺体。・・・堤防のどこに埋めたかの具体的な情報もないのに、どんだけ運がいいのか、それとも埋めたやくざがあほなのか。

・薬師丸ひろ子を守るため、ドスを抜いて襲ってくるヤクザたちを木刀でぶちのめす健さん。見たことないけど、多分これよりちょっと前に流行ったやくざ映画や任侠映画って、こういうノリなんだろうとよく分かった。

・健さんがやくざに苦戦→健さんを追う刑事が健さんに鉈を渡す→健さんが鉈でやくざたちをSATSUGAI→数年前の殺人を目撃して記憶を失っていた薬師丸ひろ子が、その光景を見て「お父さんを殺したのはこの人よ」と健さんを指さす→「何か言うことはあるか?」と言って健さんを逮捕する刑事。・・・ちょっと待て、それは逮捕の要件を満たしているのか?お父さん殺害なら緊急逮捕は無理だし、やくざ殺害なら正当防衛&凶器を渡したお前は(ry

・舞台となる市の腐敗の頂点に立つ「大場一族」が最大の敵かと思いきや、なぜか途中でフェードアウトし、クライマックスは健さんと自衛隊の「特殊工作隊」の対決に。結局一族自体、何のために現れたのかよく分からない存在になってしまいました。この一族は、森村誠一の作品の中では決して裁かれない悪だったような気がするけど、どこかの作品で裁かれたのだろうか?

・この映画世界での自衛隊の「特殊工作隊」は、「体制に反抗する日本人を抹殺するために創られた部隊」らしい。それどころか、偶然遭遇した一般の自衛隊員も、何の迷いもなく惨殺。・・・この映画は自衛隊に撮影協力を拒否されたそうですが、至極当たり前だと言わざるを得ませんw

・健さんや美少女と別れた後、トラックで戦車に突っ込んで玉砕炎上する刑事。・・・トラックにぶつかられて大炎上する戦車って、まずくね?

・軍用ヘリから狙撃してくる松方弘樹と、地上の健さんの銃撃戦。→松方弘樹、「お父さ~ん!」と健さんに駆け寄ろうとする薬師丸ひろ子を射殺→怒りに燃えた健さんがヘリに向けて機関銃をぶっ放す→ヘリが平衡を失って山へ激突。・・・運転席の窓が割れた様子はないけど、どうやって操縦士を仕留めたのだろうか?

・最後は待ってました、丘の上から現れる戦車部隊+100人の精鋭特殊工作隊VS薬師丸ひろ子の遺体を背負った拳銃一丁の健さん!・・・って、このシーンで終わりかよっ!?健さんなら何とかしてくれると思ってたのにっ!

というわけで、たぶん原作を圧倒的に改変しているであろうスケールの大きいちぐはぐな設定に、脱帽しました。当然のことながら自衛隊の撮影協力が得られず、海外ロケを敢行したため、戦車は自衛隊の使用していないタイプだったというのも、また醍醐味です。

 

北海道の震度7地震

北海道が全電源喪失、全戸停電・・・

震度7に直撃された厚真は、日高行きの際に日高自動車道で通過したエリアです。

犠牲者と日常生活への悪影響が、少しでも少なく済みますように。

新井貴浩、引退

広島の新井貴浩選手が今季限りでの引退を表明したとのこと。昭和52年1月生まれの彼は、昭和51年11月生まれの私と同じ学年です。

これで同学年のNPB現役選手は、完全に絶滅してしまいました。時代の流れとは、切ないものです。

ぬる

ヌルハチ急死・・・

息子のショックが大きいので、県北の某所で新しいナマズを買いました。

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「ぬる一族」ではないので「オスカー」にすると言っていた(理由・オスだから。メスだったら「メスカー」なのか?)息子ですが、結局「ぬる」「ぬる」と呼んでいる罠。

【今週の鬼太郎】おじいさん一代記

今週の鬼太郎は、1968年に新築アパートを建てたおじいさんの一代記でした・・・(嘘)。

同世代に見える奥さんとの間の娘が生まれる数年前(≒せいぜい年齢は30代?)の年齢で新築アパート(単なる戸建ではない)を建てて経営する・・・というのは、よほどの富裕層出身でなければ、只者ではありません。銀行ローンの額も、かなり重かったことでしょう。その後の日本の50年を知る我々の目線からすれば(アパートの立地さえ間違っていなければ)、これは結果的に成功したであろうと分かるのですが、当時はさぞ不安だったことでしょう。そんな思いをして建てた新築アパートに、いきなり妖怪が住みついていようとは・・・www

鬼太郎(&バブリースタイル猫娘ら)の活躍で、妖怪たちはおとなしくなったわけですが、新築時に広まった噂はなかなかなくならないものです。おじいさん自身も、その後奥さんと娘夫婦を早く亡くしたようで、見方によっては「妖怪の祟り」と周囲に噂されそうですが、それでも孫娘をしっかりと育て上げたのは、たいしたものだと言わざるを得ません。

このお話を泣ける話に仕上げてくるのが今期の鬼太郎の侮れないところですが、おじいさん自身が全く不幸に見えないのは、きっと彼が幸せだったからなのでしょう。物語の開幕時にはすでに亡くなっていて回想だけでの登場でしたが、かなりたいしたおじいさんでした。

アメリカナマズの脅威

息子が今週の「池の水、全部抜く」でナマズが捕まったのを見て大喜びし、

「かわいい・・・美しい・・・」

とうっとりしていたのですが、その後印旛沼を荒らしまわるアメリカナマズが捕まったのを見ると、

「かわいくない!美しくない!」

と大激怒(まあ、実際アメリカナマズにニホンナマズのような愛嬌はまったくないのですが)。学齢期に達する前から国粋主義・・・というわけではなく、息子は

・「ドラえもん」で、日本がアメリカとの戦争に負けた話を見た(「ぞうとおじさん」)

・アメリカザリガニが本州からニホンザリガニを駆逐した

という話も知っているので、

「ニホンナマズもアメリカナマズに負けちゃう!」

と戦々恐々としている模様。正しいような、違うような・・・。